I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「臨床心理学」の記事一覧

OCDのハワード・ヒューズ

 OCDという病気は,そのおかげで「奇態な」という言葉があらたな意味をもったほどすさまじい。もう1度,ハワード・ヒューズを考えてみよう。彼はついには「黴菌の逆流現象」と呼ぶ理論までつくりだした。親友が肝炎の合併症で亡くなったとき,ヒューズは葬儀に花を送ることすらできなかった。OCDに支配された頭では,もし花を贈ったら,肝炎のウィルスがルートを逆流してくるのではないかと怖かったからだ。ヒューズはまた強迫的にトイレに座らずにはいられず,42時間も座りつづけていたことがある。用を足し終わったと確信がもてないのだ。これはOCDの症状としては珍しくなく,わたしもそのような患者をおおぜい治療してきた。よくなりかけると,彼らは「もう1分座っているよりも,ズボンを汚したほうがましだ」と言うようになる。もちろん,だれも衣類を汚した者はいない。
 無意味な反復というのも,ヒューズのめだった症状のひとつだった。自分で飛行機を操縦して全国を飛びまわっていたヒューズは,あるときアシスタントに,カンザス・シティの天気図をとりよせろと命じた。フライトに必要な情報はすぐ手に入ったのに,彼は33回,同じ要求をくりかえした。それから,自分はくりかえしていないと否定した。
 ヒューズにかんする本を書くので話が聞きたいとやってきたピーター・ブラウンは,「どうして,彼は自制できなかったんでしょう,あれほど頭のいい人だったのに」とたずねた。だが頭のよしあしは関係ない。ヒューズはその指示を33回くりかえさなければ,何か恐ろしいことが起こると信じたのだ。この場合なら,飛行機が墜落すると思ったのかもしれない。あるいは,OCDがひきおこす不安を解消するために,指示を3回だけするつもりだったのに,3回目にある言葉を正しいアクセントで言えなかったというようなばかばかしいことが起こったために,33回くりかえすしかなかったのかもしれない。それでも納得できなければ,333回くりかえしたかもしれないのだ。この種の症状は重症のOCDに共通している。彼がくりかえさなかったと否定したのは,自らの強迫行為を恥じたからだろう。

ジェフリー・M・シュウォーツ 吉田利子(訳) (1998). 不安でたまらない人たちへ 草思社 pp.68-69
(Schwartz, J. M. (1996). Brain Lock. New York: Harper Collins.)

OCDとOCPDの違い

 名前が似ているので,強迫性障害(OCD)はもっとずっと軽い強迫性人格障害(OCPD)と混同されやすい。では,どこがちがうのか。簡単に言ってしまえば,強迫観念や強迫行為は不快ではあっても,変わった癖という程度のものだ。たとえばOCPDのひとは,いつか必要になるかもしれないと,つまらないものを取っておくかもしれない。だがOCDの患者は,自分でも必要ないとわかっているガラクタで足の踏み場もないほどにしてしまう。OCPDのひとは「木を見て森を見ない」困った傾向がある。典型的なのは,リストづくりに夢中になって細部にこだわるあまり,全体像が見えないという例だ。完全癖のせいで,かえってものごとを成しとげられない。OCPDの場合はまさに「最善」が「善の敵」になるのである。彼らはすべてを「すみずみまで完璧」にせずには気がすまず,充分に良いことでもめちゃくちゃにしてしまいがちだ。柔軟性がなく,融通がきかない。正しいやり方とは自分のやり方だと思っている。ひとにまかせることができない。この人格障害は男性に多く,女性の2倍もいるのはおもしろい。いっぽう,OCDでは男女に差がない。
 もうひとつのOCDとOCPDの決定的なちがいは,OCPDのひとたちは頑迷で,こだわりに振りまわされていても,心からそんな自分を変えたいとは思っていないということだ。彼らは自分の行動が他人を悩ましているのに気づかないか,気づいても平気でいる。ところがOCDのひとたちは,強迫行為に喜びを感じるどころか,つらくてたまらないのだが,手を洗いつづけずにはいられない。OCPDのひとたちは洗ったり掃除したりするのを楽しみ,「みんなが自分くらい清潔にしていれば,すべてがうまくいくのに。うちの家族はほんとうにだらしがない」と考えている。彼らは1日が終わって帰宅したら,デスクのうえの鉛筆を全部,兵士のように整列させようと楽しみにしている。OCDのひとは,20回も掃除をしろというまちがったメッセージに振りまわされることを知っているから,帰宅するのが恐ろしくてしかたがない。OCPDのひととちがって,自分の行動がどれほど無意味か知っていて,恥ずかしがっており,心底から変えたいと考えている。OCDの患者ふたりの言葉を借りれば,「脳はめちゃくちゃになってしまった。わたしはどうしても逃れられない」のであり,「病院の窓に鍵がかかっていてよかった。さもなければ,飛びおりて決着をつけたにちがいない」という。

ジェフリー・M・シュウォーツ 吉田利子(訳) (1998). 不安でたまらない人たちへ 草思社 pp.24-25
(Schwartz, J. M. (1996). Brain Lock. New York: Harper Collins.)

強迫観念とは

 強迫観念とは,追いはらっても追いはらっても消えない,不安な考えやイメージである。強迫観念(obsession)という言葉は「包囲する」という意味のラテン語からきている。そのとおり,強迫観念は患者を包囲し,たまらない不安に陥れる。いくら消えろと祈っても消えてはくれない。少なくとも,長時間,あるいはコントロールのきく方法で消すことはできない。強迫観念にとりつかれた者は落ちこみ,不安になる。ふつうのいやな思いとはちがって,強迫観念は薄れないどころか,当人の意思に反してくりかえししつこく襲ってくる。たまらなく厭わしいものだ。
 たとえば美人に出会って,彼女のことが心から離れなくなったとしよう。これは強迫観念ではない。「何度も思い返すこと(ルミネーション)」にすぎない。べつに不都合なことではなく,きわめて正常だし,楽しくさえある。カルヴァン・クラインのマーケティング部門がオブセッションという言葉を正確に理解していたら,香水の名は「オブセッション」ではなく「ルミネーション」になっていたかもしれない。

ジェフリー・M・シュウォーツ 吉田利子(訳) (1998). 不安でたまらない人たちへ 草思社 pp.12-13
(Schwartz, J. M. (1996). Brain Lock. New York: Harper Collins.)

OCDについて

 簡単に言えば,OCD[強迫性障害]は強迫観念と強迫行為という症状をもつ,一生続く障害である。かつては変わった珍しい病気だと考えられていたが,じっさいには40人にひとりがかかり,アメリカには500万人以上の患者がいると推定されている。青年期あるいは成人後の早期に発症するのがふつうで,喘息や糖尿病よりも発症率が高い。患者の人生がめちゃめちゃになるだけでなく,彼らを愛するひとたちもたいへんな被害を被る。洗ったり,掃除したり,数えたり,確認したりという反復行動にとりつかれると,仕事に差しさわるし,結婚生活もうまくいかず,ひととのつきあいもむずかしくなる。家族はいらいらしたり怒ったりして,「やめなさいったら!」と叫ぶ。あるいは波風をたてないように,ばかばかしい儀式を手伝ったり,勧めたりする(これはたいへんにまずい)。

ジェフリー・M・シュウォーツ 吉田利子(訳) (1998). 不安でたまらない人たちへ 草思社 pp.12
(Schwartz, J. M. (1996). Brain Lock. New York: Harper Collins.)

スプリッティング

 境界性パーソナリティ障害のさまざまな「対処行動」は,周囲の人間に災難をもたらすことがある。姉の行動が数十年にわたって両親の生活を荒廃させたように。
 たとえば,対処行動の1つである「スプリッティング」は,周囲の人々を理想化したり低く評価したりして揺れ動く状態である。彼らにとって人間は良いか悪いかの2つに1つで中間がなく,1人の中に善悪が共存しうることを受け入れられないのだ。さらに大きなスケールになると,患者が人々をたがいに争わせ,1つのグループを善玉,もう一方を悪玉に分類する。しかし,だれが良くだれが悪いかはその日によって変わるし,1時間ごとに変わることさえある。

バーバラ・オークレイ 酒井武志(訳) (2009). 悪の遺伝子:ヒトはいつ天使から悪魔に変わるのか イースト・プレス pp.207-208

ウィリアムズ症候群

 ウィリアムズ症候群は,「反サイコパシー」とでも呼ぶべきもので,たぶんもっとも人に愛される病気であろう。患者はたいへん礼儀正しく社交的で,強い共感能力を示し,見知らぬ人を恐れない。顔には,経験を積んだ遺伝学者ならすぐに気づく特徴がある。すなわち,上を向いた鼻,大きな口,ふっくらした唇,そして鼻と上唇のあいだが離れていることである。こうした子供たちはしばしば心臓や血管,さらには歯や腎臓に異常が見つかる。
 この病気は,社会的行動をあつかう神経回路の異常に関係があると考えられ,21個ほどの遺伝子を含む小片が7番染色体に欠けていることが原因である。患者の扁桃体,つまり攻撃・闘争反応を引き起こすアーモンド大の神経組織が,人の顔が与える脅威に対して異常にのんびりした反応を示す一方,人の姿のない恐ろしい場面,たとえばビル火災や飛行機事故には過剰な反応を示す。つまり,ウィリアムズ症候群は社交的である一方,数えきれないほど多くの恐怖症をかかえ,クモや高い場所など,ありとあらゆるものにおびえているのだ。また,内側全頭皮質が絶え間なく活性化されている。この領域は額のすぐ裏側にあり,共感能力と,社会的にどう行動すべきかという知識にかかわっており,患者がこれらの点で高い能力を示すことに関係があるのだろう。

バーバラ・オークレイ 酒井武志(訳) (2009). 悪の遺伝子:ヒトはいつ天使から悪魔に変わるのか イースト・プレス pp.170-171

コーチングのはじまり

 スポーツ選手ではなくとも「コーチング」を必要とするという概念は,1980年代に生まれた。当時の企業は,社員を集め,じっさいのスポーツコーチに講演をしてもらっていた。販売業務,管理業務を手がける社員のなかには学生時代にスポーツを経験した人が多く,講演かがグラウンドでの決定的瞬間にたとえて話を進めると,すぐに士気が上がったのだ。1980年代後半,スポーツコーチをしていた元カーレーサーのジョン・ウィットモアは,コーチングをグラウンドからオフィスにもちこんだ。目的とするところは,着席したままで達成できるものも含めた,いわゆる「パフォーマンス」の向上だった。かつて「コンサルタント」を名乗っていた人びとも「コーチ」を自称するようになって,企業のホワイトカラー労働者をはじめとする一般人に,「勝者の」態度,あるいはポジティブな態度を植えつける商売に乗り出した。彼らは,既存のスポーツ分野のコーチングからいくつもの要素をとりいれた。その1つに,勝利を収める場面,あるいは少なくとも,自分の能力をいかんなく発揮する場面を,試合の前に思い描いておくことがあった。そして現在,バーンをはじめとする面々が,自分の望みの結果を視覚化するように訴えているわけである。

バーバラ・エーレンライク 中島由華(訳) (2010). ポジティブ病の国,アメリカ 河出書房新社 pp.76-77

認知療法と行動療法のかかわり

 認知療法と行動療法には歴史的なつながりがある。認知療法は,心理学の認知革命と時を同じくして開発されたからである。行動療法の支持者の中でも認知を重視する人はベックの認知療法を受け入れたが,純粋な行動主義を信奉する人々は激しく反発した。こうした人々からの認知的なものに対する批判は強烈だった。また,行動主義者から最初に寄せられた批判の一部は,正統な議論も誤解によるものも含め,現在も続いている。つまり行動主義からの批判は,理論的にも,歴史的にも重要だと言えるのである。
 行動主義者からの批判はベックの認知療法に向けられるものではなく,すべての認知的治療法を対象とする。批判の根本は,行動変容における認知の役割に関する理論的相違にあり,その背景には心理学の「認知革命」がある。行動主義者による批判の背後にある熱意は,認知主義者が,行動療法から分離独立するのでなく,行動療法の顔を(認知行動療法へと)変容させてしまったことに由来する面が大きい。この動きに対して,行動主義のある一派は,認知主義的メンバーをも代表する組織の一員であるよりはと,アメリカ行動療法学会(AABT)を脱退する道を選んだほどである。ウォルピが最初に言ったように「認知は行動の下位集合である」はずなのに,なぜ認知的アプローチが行動主義的アプローチと別のものとして公認されているのかと,その後も困惑したままの会員もいた。

マージョリー・E・ワイスハー 大野 裕(監訳) 岩坂 彰・定延由紀(訳) (2009). アーロン・T・ベック:認知療法の成立と展開 創元社 pp.161-161

認知療法の背景

 認知療法は認知行動療法におけるいくつかの動き,とくに構成主義と精神統合療法の動きとともに発展してきた。こうした動きは,認知療法に刺激を与えた。近年では,情報処理モデルとしての認知療法よりも,認知療法の現象学的性質のほうが重視されるようになっている。この変化は,認知療法の基本的前提を反映したものとも言える。認知療法は,1970年代に優勢だった,人間の体験をコンピュータでたとえる機械論的なアナロジーに頼るのではなく,患者がいかに自分の現実を構成するかが重要であるということを基本前提としているのである。構成主義は患者にとっての現実を強調するが,その現実が正確であるか,合理的であるかは問題にしない。このように,セラピストは患者の体験に現実性を押しつけないようになっていくと考えられる。構成主義を支持する人は多く,現代の各種認知的治療法の自己定義にも大きな影響を及ぼしている。

マージョリー・E・ワイスハー 大野 裕(監訳) 岩坂 彰・定延由紀(訳) (2009). アーロン・T・ベック:認知療法の成立と展開 創元社 pp.159

誤った二分法

 ベックの認知療法に関する研究がとりわけ多いせいだと思われるが,認知療法はすべての認知的治療法の代表として,ときにはすべての短期療法の代表として,反対派からの批判の矢面に立ってきた。しかし同時に,各認知療法や認知的処理論のあいだでも,大きな意見の相違が存在する。
 哲学的な論争ではよくあることだが,認知療法と他の治療法とのあいだで誤った二分法が作り出されている。曰く,「認知療法」対「行動療法」,「認知療法」対「体験的治療」,「認知療法」対「薬物療法」等々である。実際には,認知療法はこれらいずれの治療法とも相容れないものではなく,それが適切ならばこれらを採用しさえしている。精神療法の統合が進むにつれ,認知療法は独特の治療法であり続けるかどうかが問われることになるかもしれないが,目下のところ主として問題にされているのは,認知療法の理論的基礎と,回復過程での精神病理的認知の変化の実証である。

マージョリー・E・ワイスハー 大野 裕(監訳) 岩坂 彰・定延由紀(訳) (2009). アーロン・T・ベック:認知療法の成立と展開 創元社 pp.156

情動・行動・認知

 認知療法は行動療法の技法を用いるが,これは認知に変化をもたらすためである。さらに,認知の変化は新たな行動をうまく維持するために必要であり,行動の変化は認知の変化をいっそう促進する可能性があると考える。
 認知療法は,情動(emotion/affection),行動(behavior),認知(cognition)の各側面を統合して人の機能を説明しようと試みる。この3側面への手がかりとして,また変化を達成する主要動因として,認知療法では認知の側面を重視するが,それでもやはりすべての側面に取り組む必要があるとする。
 「認知療法が誕生するまでのセラピストは,洞察力をはたらかせる(つまり精神分析家)か,行動主義をとる(つまり人間中心主義者)かのどちらかで,この2つが重なることはありませんでした。思考と感情と行動パターンの関連性を研究できるとか,まして成果が得られるなどとは,だれも考えていなかったのです」とマイケル・マホーニーは語る。

マージョリー・E・ワイスハー 大野 裕(監訳) 岩坂 彰・定延由紀(訳) (2009). アーロン・T・ベック:認知療法の成立と展開 創元社 pp.91

『人格障害の認知療法』

 1990年,ベックは元の弟子たちと共同執筆した『人格障害の認知療法』を出版した。この著書で,認知療法は長期療法へと適用範囲を広げ,また根底にあるスキーマへの重点的取り組みがいっそう明瞭になった。ベックはスキーマを,経験や行動を系統立てる認知構造であると定義し,いっぽう信念やルールはスキーマの内容であるとした。スキーマは,行動から推測でき,また面談や問診を通しても判断できる。パーソナリティ障害の場合,スキーマは認知,感情,行動により堅固に保持されている。したがって,介入はこの3つの側面のすべてを通じて行なう必要がある。つまりパーソナリティ障害の治療では,認知の論理すなわち合理性の検討,情緒的カタルシスの促進,行動随伴性の設定のいずれかだけでは不十分なのである。
 ベックらはパーソナリティ障害の認知療法を,これほど複雑ではない障害の認知療法を修正したものだと説明する。パーソナリティ障害患者に認知療法を行なう場合には,イメージ法を使って過去の体験を思い起こし,それを通してスキーマを活性化して,スキーマにアクセスしやすくすることに重きが置かれる。とくに患者が過去の体験認識を認知的に避けている場合には,これが大切である。スキーマの発達とはたらきを探り,さらにこれに挑む際には,子ども時代の体験を素材とすることも重要になる。

マージョリー・E・ワイスハー 大野 裕(監訳) 岩坂 彰・定延由紀(訳) (2009). アーロン・T・ベック:認知療法の成立と展開 創元社 pp.78

認知療法が受け入れられた理由

 心理学で,とりわけ行動療法で認知療法が受け入れられたことについて,ベックは「心理学はパラダイム変化の影響を非常に受けやすいのです。精神療法セラピスト,つまり臨床心理士は,どちらかというと精神力動的モデルに執着していましたが,理論心理学者はさまざまな段階を順々に経て,行動的段階からしだいに認知的段階へと移行していきました」と語る。さらに認知療法の実証的裏づけが,理論心理学者には説得力を持った。「心理学はしっかりした理論的基礎を持っているために,実証データから受ける影響は精神医学よりもはるかに大きいのです。精神医学のほうは,ベテラン臨床家の合意によって議論が進められる例がずっと多く見られます」とベック。心理学の主流となりつつあった流れにベックが乗った時期が,ちょうど「精神医学の主流が現象学的なものから生物学的な原因と治療へ,そして薬物療法を重視する現在の傾向へと移り変わっていく時期と重なっていた」ともベックは述べている。

マージョリー・E・ワイスハー 大野 裕(監訳) 岩坂 彰・定延由紀(訳) (2009). アーロン・T・ベック:認知療法の成立と展開 創元社 pp.59

自動思考の発見

 1959年,ベックは若い男性うつ病患者を治療していた。すると自由連想を行なっている途中に,患者が怒ってベックを避難しだした。そこでどんな気分なのかと患者に尋ねたところ,「申し訳ない気持ちです」という答えが返ってきた。ベックを怒鳴りつけながら,同時に「こんなことを言うべきではなかった。医者を責めるのは間違っている。嫌われてしまうだろう」というような自責の念を感じていたのである。患者が声に出した思いと同時に,こうした別の思いをめぐらしていた事実に,ベックは強い印象を受けた。患者の怒りが罪の意識を直接呼び起こしたのではなく,二次的な思考の連鎖が,態度に表れた感情と罪悪感との媒介として働いていたのである。
 他の患者でもこのような内的独白があるかどうかを調べてみると,やはりそれぞれが,治療セッション中に口に出さない考えを抱いていることが分かった。しかし多くの場合,患者たちは,ベックに尋ねられるまで,これらの思考をそれほど意識していなかった。このもう1つの思考の流れは,随意的思考に比べれば意識されないが,それでも,それ自体が命を持っているかのように現れてくるのだ。
 これが「自動思考」だった。それは,瞬時に浮かぶ筋の通った思考で,患者は何の疑いもなくその考えを受け入れていた。その思考が,患者の体験に1つ1つ注釈を付けていくのだった。うつ病の人の場合,この「自動思考」に,ネガティブな偏りが見られた。

マージョリー・E・ワイスハー 大野 裕(監訳) 岩坂 彰・定延由紀(訳) (2009). アーロン・T・ベック:認知療法の成立と展開 創元社 pp.46

ベックと精神分析

 クッシング病院の精神科は,ボストン精神分析協会の影響を色濃く受けていた。「患者に見られる事柄がすべて奥深く暗い,目に見えない力という観点から解釈された」。あるときベックが「所見の定式化はこじつけで,実証されていない」と友人たちに言うと,自分自身が抵抗を感じているから事柄を理解できないのだと指摘され,ベックはその指摘を受け入れた。「私の心にはそれがまったく見えていないのかもしれないと思いました」。自分の実用主義的な性格が邪魔して,精神分析が直感に反していると思うのかもしれないと考えたのである。そこで自分の不信感をとりあえず棚上げにし,本気で精神分析を理解してみることにした。6ヵ月間の実習期間が終了したとき,ベックはそのまま精神科に留まる決心をした。長く続ければ,さらに的確な考察ができるようになると信じたからである。また,精神分析専門医が楽々と診断をする手際にも魅了された。精神分析は「すべてのことに答えを持っていたのです。精神病,統合失調症,神経症,その他どんな状態も理解できる。正しい,明らかに正しい精神分析的理解をすることができました。さらに精神分析は,たいていの患者に病状を改善できるという望みを与えるものでした。とても刺激的に思えました」。

マージョリー・E・ワイスハー 大野 裕(監訳) 岩坂 彰・定延由紀(訳) (2009). アーロン・T・ベック:認知療法の成立と展開 創元社 pp.39

なぜ外にでないのか

 消防署に勤務する心理学者リチャード・ギストは,何百人ものカンザスシティ市民に,家族が火災で亡くなったことを知らせる役割を負ってきた。遺族は何度も何度も,なぜ愛する家族が玄関から出なかったのか,窓から脱出しなかったのかと尋ねる。火事に巻き込まれるのがどんなものか,彼らはまったくわかっていないのだ。「わたしはしょっちゅう生存者と一緒に焼け落ちた家の中に立ち,愛する家族がどのようにして亡くなったのかを説明する。遺族は言う。『なぜただ外に出るだけのことが……?』と。そう尋ねる人たちに,火事は午前2時の出来事で,犠牲者たちは深い眠りから目を覚ましたことを説明しなければならない」。もし濃く熱い煙の中で目を覚まして立ち上がったりすると,肺が焼け焦げて即死してしまう。ベッドから転がり出て,出口へ這っていかなければならないが,どこに出口があったかを思い出すのはたやすいことではない。だからこそギストは多くの時間を割いて人々を説得する。煙探知機に電池を入れておき,反射的に脱出できるよう火災が起こる前に避難の練習をしておくように,と。わたしがこれまでに会った災害専門家たちがこぞって言っていることを,ギストも主張している。「立ち止まってじっくり考えなければならないとすると,間に合わない」

アマンダ・リプリー 岡真知子(訳) (2009). 生き残る判断 生き残れない行動:大災害・テロの生存者たちの証言で判明 光文社 pp.223-224

心的外傷と脳

 「1988年全国ベトナム復員軍人再適応研究」によると,ベトナム復員軍人の約3分の1が,戦後,心的外傷後ストレス障害を患った。これは大変な数である。彼らがほかの兵士よりひどい心的外傷を受けたと判断するのは理にかなっているだろう。彼らが傷を負ったのは,能力や人格のせいではなく,その身に恐ろしいことが起こったためなのだ。
 だがギルバートソンはそれとは違うことを発見した。脳の画像を見ると,双子の組のなかでは,海馬はほぼ同じ大きさだった。戦争による心的外傷がベトナムへ行った兄か弟の海馬の大きさを著しく変えることはなかったのだ。だが双子の組の間には大きな違いがあった。心的外傷後ストレス障害にかかった復員軍人を含む双子の組は,障害にかかっていない復員軍人を含む双子の組よりも小さな海馬を持っていた。つまり,海馬は心的外傷を受ける以前から比較的小さかったようである。特定の人たちは,ベトナムへ出発する以前から心的外傷後ストレス障害に陥る危険性が高かったのである。これらのことから,災害時に恐ろしい出来事に対処したり,災害後に心的外傷から回復するのに苦労する人たちもいるだろうと推論することができる。

アマンダ・リプリー 岡真知子(訳) (2009). 生き残る判断 生き残れない行動:大災害・テロの生存者たちの証言で判明 光文社 pp.184-185

自閉症の基本特徴

 自閉症児の精神病理の基本は,対話の際に雑多な情報の中から目の前の人間が出す情報に自動的に注意が絞りこまれる機能がきちんと働かないこと,一度に処理できる情報が非常に限られていることの2点である。
 これを認知の特徴という点で説明すると次の3つとなる。1つは情報の中の雑音の除去ができないことである。第2には,一般化や概念化という作業ができないことである。3番目は,認知対象との間に,事物,表彰を問わず,認知における心理的距離が持てないことである。

杉山登志郎 (2007). 発達障害の子どもたち 講談社 pp.79-80. 

逆転バイバイ

 普通の赤ちゃんは1歳前ぐらいになると,何か新しいものを見つけたときに,お母さんの目をまず見る。お母さんがそれを見ていなければ,手で示し,声を上げてお母さんの注目を引きつけ,お母さんが一緒に見つめていることを確認して,笑ったり喜んだりする。つまりこの行動は,注意と感情とを赤ちゃんとお母さんが共有している姿に他ならない。
 自閉症児の場合は,この一緒に見る,一緒に喜ぶといった行動が著しく遅れる。それだけではない。健常な子どもは,すでに乳児期の後半からバイバイの真似をして手を振る。自閉症児も,真似ができるようになると「バイバイ」をするが,手のひらを自分の方に向けて「バイバイ」と手を振るのである。これは「逆転バイバイ」と呼ばれる現象である。
 ところがよく考えてみると,大人が赤ちゃんに向って「バイバイ」とするときには,手のひらは赤ちゃんの方に向いている。機械的にそれを真似れば,実は自閉症児の「逆転バイバイ」が正解なのだ!むしろ問題は,なぜ普通の零歳児が,手のひらは自分のほうを向いているのに,相手に手のひらを向けてバイバイができるのかということである。普通の赤ちゃんでは,すでに乳児のうちに,自分の体験と人の体験が重なり合うという前提があるからに他ならない。自閉症児の場合には,この段階ですでに問題があるのである。

杉山登志郎 (2007). 発達障害の子どもたち 講談社 p.73

「奇跡の治療」の考え方

 いまだにきちんとした科学的な裏づけのない発達障害の「奇跡的治療」が喧伝されることがあるのは,この点の誤解にあるのではないかと思う。「○○療法」によって劇的に改善した,といったレポートがテレビで放映されると,筆者の外来にも,その是非を巡って質問をされるご家族が必ずいる。筆者は次のように答えるのが常である。
 「お子さん自身を振り返ってください。この何年かで,ずいぶん成長をしなかったですか?もしカメラを,初診のとき,半年後,1年後と回して記録を取っていれば,テレビレポートもびっくりの大きな発達をしているでしょう」
 すると「そういわれてみればそうですね」と応じられて,この話はそれで終了となる。
 このような子どもならではの特殊性があるために,ほとんどの発達障害について,精神医学では慎重な定義が作られてきた。大部分では,診断基準に「その発達の問題によって社会的な適応が損なわれているもののみを障害とする」という除外項目が付加されているのである。生来の素因を持って生じた発達障害に対して,さまざまなサポートや教育を行い,健全なそだちを支えることによって,社会的な適応障害を防ぎ,障害ではなくなるところに,発達障害の治療や教育の目的がある。
 子どもを正常か異常かという二群分けを行い,発達障害を持つ児童は異常と考えるのは今や完全な誤りである。発達障害とは,個別の配慮を必要とするか否かという判断において,個別の配慮をしたほうがより良い発達が期待できることを意味しているのである。

杉山登志郎 (2007). 発達障害の子どもたち 講談社 pp.44-45

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