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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「パーソナリティ・個人差」の記事一覧

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黒人,アイルランド人

 当時の都市の自由有色人が今日の都市の黒人のイメージとどれほどかけ離れていたか,それを知るために,1800年のワシントンDCに住んでいた500人の自由黒人とその子孫について見てみよう。黒人は1807年に独自の学校を設立し,1862年に公立学校への入学が認められるまで黒人の子供はそこに通っていた。また1870年には初の黒人高校も設立された。それから20世紀半ばまで,この高校に通った生徒の4分の3が大学に進学していたが,この割合は今日の白人の平均よりも高い。
 1900年代前半,ワシントンDC全体を対象とした学力テストでは,この高校の生徒のスコアはどの白人高校の生徒よりも高かった。IQテストが実施されるようになると,この高校の生徒は全国平均より高いスコアを出した。卒業生のなかには,初の黒人将校,初の黒人閣僚,南北戦争後の連邦再建以来初の黒人上院議員,そして血漿の発見者まで含まれている。
 北部では,自由有色人が完全に平等な市民になれない運命にあるといったようなことはなかった。当初はアイルランド系より有利な立場にあった。北部の黒人が地位を下げたのは,南部で多くの黒人が奴隷にされ,19世紀後半から,読み書きのできない貧しい黒人が北部の都市に数多く移住してきたためだった。
 奴隷制度によって南部の黒人が置かれた状況は,アイルランド人の母国での状況と似ていた。いずれの集団でも,働いたところで報われないというゆゆしき事実があって,そもそも熱心に働くことに文化的価値がなかった。奴隷が働いても所有者の得にしかならず,アイルランド人が働いてもイギリス人の不在地主の得にしかならなかった。アイルランド人の住む小屋——掘っ立て小屋と言ったほうがぴったりするだろう——でさえ地主の持ち物で,家を直しても所有者の利益になるだけだからと,修繕する気にもほとんどならなかった。
 アイルランド人の生態環境もまた,アイルランド人が伝統的に仕事を嫌うもう1つの直接的理由となった。アイルランドの土壌を最も生産的に利用する方法はジャガイモの栽培だったが,それには1年に数週間働くだけでよかった。19世紀中頃に初めてアメリカ大陸へやってきた大勢のアイルランド人には,定職に就くという習慣がなかった。無精者という評判が拭われるまでには,1世紀以上かかった。

リチャード・E・ニスベット 水谷 淳(訳) (2010). 頭のでき:決めるのは遺伝か,環境か ダイヤモンド社 pp. 133-134
(Nisbett, R. E. (2009). Intelligent and How to Get It. New York: W. W. Norton & Company)
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IQ差の縮小

 最後に,黒人の環境は白人の環境より急速によくなっていると考えられるので,黒人と白人の差は過去より現在のほうが小さいはずだ。実際,12歳における黒人と白人のIQの差は,ここ30年間で15ポイントから9.5ポイントにまで縮まっている。ここ30年間は,黒人にとって以前に比べさまざまな面で望ましい期間だった。全米教育進度評価(NAEP)の長期傾向調査における黒人の伸びも,同程度の値を示している。読解と算数の伸びは白人では中程度だが,黒人では著しい。NAEPにおける差の縮小は,ディケンズとフリンがIQテストに見出した5.5ポイント分とほぼ一致している。

リチャード・E・ニスベット 水谷 淳(訳) (2010). 頭のでき:決めるのは遺伝か,環境か ダイヤモンド社 pp. 125-126
(Nisbett, R. E. (2009). Intelligent and How to Get It. New York: W. W. Norton & Company)

黒人のIQ

 実際,現在の黒人のIQは,1950年の白人のIQより高い。もし黒人のIQ遺伝子が白人のものより劣っているとしたら,そのようなことは起こりえない。現在の黒人の置かれている環境が1950年の白人の置かれていた環境よりはるかにIQの向上に役立っていたと考えられなくもないが,そのように主張しようとする人が多くいるとは思えない。

リチャード・E・ニスベット 水谷 淳(訳) (2010). 頭のでき:決めるのは遺伝か,環境か ダイヤモンド社 pp. 125
(Nisbett, R. E. (2009). Intelligent and How to Get It. New York: W. W. Norton & Company)

中流階級の子育て

 中流階級の親は労働者階級の親に比べ,子供に本を読んでやることが多い。中流階級の家には,子ども向けの本がたくさんある。頭を支えてもらって本を見られるようになる生後6ヵ月には,本を読んでもらうようになる。中流階級の親は,単に喜ばせるためだけではなく,本の内容と外の世界を結びつけられるように読んでやる。本に書いてあることを採り上げ,それを日常生活や世の中の物や出来事と結びつけようと,意識的に努力する。(「ビリーは黒い犬を飼っています。黒い犬を飼っている人を知ってる?」「あれは小鳥。小鳥のことをどの本で読んだっけ?小鳥は何を食べるんだっけ?」)親はまた,読んだことを分析するよう促す。(「次に何が起こる?この人は何をしたいの?どうしてそうしたいの?」)
 中流階級の子供はかなり幼いうちから,本について質問をしてもらい,それに答える方法を身につける。親は子供に,物の属性を尋ね,属性に応じて物を分類する方法を教える。(私があるとき飛行機に乗ったところ,3歳の子供とその父親の後ろの席になった。父親は絵本を手に取り,子供に,いろいろなものが長いか短いかを質問した。「ジェイソン,違うよ。パジャマは長いんだ」)中流階級の親は,何であるかを尋ねる質問をして(「あれは何?」「ボビーは何をやろうとした?」),続いてなぜかを質問し(「なぜボビーはそれをやったんだろうか?」),その後で評価をさせる(「どっちの兵隊が好き?」「なぜソッチのほうが好き?」)。また,本に何が書かれていたかを語らせ,それをきっかけに話をつくらせたりもする。

リチャード・E・ニスベット 水谷 淳(訳) (2010). 頭のでき:決めるのは遺伝か,環境か ダイヤモンド社 pp. 110-111
(Nisbett, R. E. (2009). Intelligent and How to Get It. New York: W. W. Norton & Company)

IQの伸びの意味

 以上のことから,IQの伸びについてどんなことが言えるのか?

 1.学校は明らかに人を賢くする。学校で知識や問題解決のスキルを学べば,IQのスコアが上がる。IQについて見れば,学校での1年間は年齢2年分に相当する。
 2.IQを測るうえで使われるいくつかの課題を遂行する能力は,時代とともに高まっている。人々が教育を多く受けるようになり,IQのスコアを上げるような種類のスキルへと教育がシフトしていき,大衆文化のなかにも知的興味をそそる面があることを考えれば,それは当然の結果だろう。
 3.IQの伸びのうち一部(理解下位検査や類似下位検査など)は,日常の問題を処理するための知能が実際に伸びていることをはっきりと示している。
 4.IQの伸びの一部は,学力を向上させ,抽象化,論理,その場での推論が関係する課題——産業や科学で直面するたぐいの課題——を解決する能力を伸ばすという点で,極めて重要だ。そのような流動性知能の伸びを測るテストとしては,WISCの積木模様,組み合わせ,絵画配列,絵画完成の各下位検査,およびレーヴン漸進的マトリックスがある。
 5.これらの流動性知能の伸びは,日常の実践的な推論課題を遂行する能力にはたいして寄与しないだろう。
 6.一部のIQ研究者がいまだに主張しているように,レーヴンマトリックスのような動作性,流動性知能のテストが文化と無関係だというのは,IQが伸びていることから考えると明らかに正しくない。このような流動性知能課題には,結晶性知能課題よりさらに文化が染み込んでいる。むしろこれらのテストの伸びを見ると,文化と無関係な知能の指標というものが存在するかどうか疑わしい。
 7.学校教育によってIQのスコアが伸びるのと同じく,社会が重視するスキル——日常生活と,科学や産業など専門的な活動の両方において——が時代とともに伸びていることから考えて,人々は重要な方向へと実際に賢くなれるのだと言える。
 8.最後に,チャールズ・マレーによる2つの極めて悲観的な主張に対して,反論できる証拠がある。マレーによれば,教育が完璧であってもIQ分布の下半分の人々を大きく変えることはできないという。しかし60年間で,下半分の人々の平均IQは1標準偏差分以上伸びており,また,昔からIQの基準として使われているレーヴン斬新的マトリックスの出来も,標準偏差の2倍以上伸びている。マレーはまた,IQの高い人は低い人より少ししか子供を産まないので,母集団の平均知能は下がっていくはずだと言っている。だが証拠によれば,実際にはその逆である。

リチャード・E・ニスベット 水谷 淳(訳) (2010). 頭のでき:決めるのは遺伝か,環境か ダイヤモンド社 pp.71-72
(Nisbett, R. E. (2009). Intelligent and How to Get It. New York: W. W. Norton & Company)

理解テストの伸び

 結晶性知能に関する他の下位検査のうち,ここ何十年かで有意な伸びを見せているのが,理解テストだ。人が本当に賢くなったという主張を立てるのに最も頼りになるのが,このテストだと思う。驚くことに,いまの子供は,使っていないときに電気を消さなければならないのはなぜなのかを理解できるし,もう少し大きくなれば,なぜ税金を納めなければならないかも理解できる。スコアの伸びは極めて有意で,1世代30年あたり標準偏差の3分の1に相当する。
 この伸びは何によるものだと考えるべきなのか?本当のところはわからないが,テレビが大きく関係しているのではないかと考えられる。子供は,<セサミストリート>のような教育番組や完全な娯楽番組を見て,世の中の仕組みについて多く学べるからだ。

リチャード・E・ニスベット 水谷 淳(訳) (2010). 頭のでき:決めるのは遺伝か,環境か ダイヤモンド社 pp. 67
(Nisbett, R. E. (2009). Intelligent and How to Get It. New York: W. W. Norton & Company)

得点変化の意味

 それでは,55年間にレーヴンが標準偏差の2倍,WISC動作性テストが標準偏差分伸びたというのは,本当に知能が大きく変化したことを物語っているのだろうか?そうではないだろう。確かに,ある種の流動性知能を支えるスキルは大きく変化したが,そうした課題からかけ離れた領域における問題解決のスキルは影響を受けていないだろう。現段階で,そうしたスキルがどれほどの範囲に及んでいるかまではわかっていない。
 断言しておくが,レーヴンマトリックスが文化と無関係なIQテストだという主張は,いまやまったく通用しない。このテストを使って,西洋型の学校教育をほとんど受けていない,読み書きのできないアマゾン部族やアフリカ人と,教育が行き届きコンピュータが普及した複雑な文化のなかで生きているアメリカ人,スゥエーデン人,スペイン人とを比較しても,以前には意味があったかもしれないが,いまや学問の世界では相手にされない。
 しかしだからといって,1つの文化のなかで,賢い人がそれほど賢くない人とレーヴンテストで同じ出来を示すということにはならない。賢い人は当然,いまでも2世代前でも出来がよい。それは,いまも昔もレーヴンのスコアによって学問的能力や職業上の成功をある程度予測できるからだ。そして,数学教育やコンピュータの普及などの文化的な変化によって,レーヴンなどの流動体知能テストは誰にとっても簡単になってきている。

リチャード・E・ニスベット 水谷 淳(訳) (2010). 頭のでき:決めるのは遺伝か,環境か ダイヤモンド社 pp. 64-65
(Nisbett, R. E. (2009). Intelligent and How to Get It. New York: W. W. Norton & Company)

SESの問題

 養子の話を切り上げる前に,指摘しておきたいことがある。強い遺伝論者は,遺伝子が最も重要で環境はあまり重要でないという主張の根拠としてよく,養父母のIQと養子のIQとの相関よりも実の親のIQと子供のIQとの相関のほうが一般的にずっと高いという事実を,引き合いに出している。遺伝論者の考えによれば,養家の環境の違いによってIQが変わらないのだから,養子が置かれる環境はその子供の知能にほとんど影響を及ぼさないという。
 この結論が誤解にもとづいていることはもうおわかりだろう。養家の環境はほとんどがかなり似ていて,おもに健全な中流階級あるいは上層中流階級の家族からなっている。SESの低い養家でも,育児法では高い水準にあって,高いIQが期待できる。養家内の変動が相対的に小さいので,養父母のIQと養子のIQとの相関が極めて高くなるとは考えにくい。IQを左右するような面に関して養父母の環境に大きな違いはなく,違いが小さければ相関は大きくなりえない。
 それに対し,養家の環境とSESの低い一般的な環境との違いは大きく,それがIQの大きな違いを生む。したがって,養父母のIQと養子のIQとの相関が相対的に低いというのは単なる数字のトリックで,養家が養子のIQに大きな影響を及ぼすという事実とは1つも矛盾しない。

リチャード・E・ニスベット 水谷 淳(訳) (2010). 頭のでき:決めるのは遺伝か,環境か ダイヤモンド社 pp. 44-45
(Nisbett, R. E. (2009). Intelligent and How to Get It. New York: W. W. Norton & Company)

SES高低で遺伝率が異なる

 では,SESの低い人たちでは,どうしてIQの遺伝性がこれほど低くなるのだろうか?
 ストゥールミラーの研究から,IQに影響を及ぼす環境変数の幅は,中流階級や上層中流階級よりも下流階級の家族のほうがずっと大きいことがわかっている。SESの低い人々の環境は,最も熱心な上層中流階級と同様のレベルから,あらゆる面で不健全なレベルまでと,幅があるだろう。つまり,この集団に属する人々の環境は,IQを大きく変えさせることになる。そのため,環境が遺伝をほぼ完全に圧倒してしまうのだ。
 だから,子供のために時間を費やし,金を使い,我慢をしても,結局のところ無駄にはならない。IQに対する遺伝の寄与を全社会階級で平均すれば,遺伝の寄与は最大でも50パーセントといったところだろう。残りのほとんどは,家族内では共通だが家族間で異なる環境要因と,家族内でも異なる環境要因によるものだ(残りわずかは測定誤差)。

リチャード・E・ニスベット 水谷 淳(訳) (2010). 頭のでき:決めるのは遺伝か,環境か ダイヤモンド社 pp.39
(Nisbett, R. E. (2009). Intelligent and How to Get It. New York: W. W. Norton & Company)

環境という増幅器

 バスケットボールを例に考えてみよう。平均より少し背が高い子供は,他の子供よりバスケットボールをやる可能性が高く,楽しんでプレーをして,プレーの回数も多く,コーチに目を掛けられてチームに入らないかと誘われることが多い。背が高いことが強みになるかどうかは,このような環境的出来事によってそれが発揮されるかどうかにかかっている。そして,別々に育てられた一卵性双生児は,背丈が高いためにバスケットボールで似たような経験をし,最終的にバスケットボールで似たような力を身につけるだろう。
 しかしバスケットボールの力が似ているのは,2人がまったく同じ「バスケットボール遺伝子」を持っているからではない。そうではなく,もっと限られた属性において遺伝的に同じで,それによってバスケットボールに関係した経験が極めて似てくるからだ。
 似たようなことが知能についても言える。たとえば好奇心に関して遺伝的に比較的小さな強みを持っている子供は,親や教師に学問の道を目指すよう励まされ,知的活動が報われることを知り,勉強して他の知的訓練にも取り組むようになる。こうして,遺伝的強みを持たない子供より賢くなるわけだ。たとえ遺伝的強みがごくわずかでも,環境という「増幅器」を働かせて効果を生み出すことができる。強みを発揮するにはそれが極めて重要だ。

リチャード・E・ニスベット 水谷 淳(訳) (2010). 頭のでき:決めるのは遺伝か,環境か ダイヤモンド社 pp. 35
(Nisbett, R. E. (2009). Intelligent and How to Get It. New York: W. W. Norton & Company)

強い遺伝論者の意見

 強い遺伝論者の主張をまとめると,次のようになる。IQの変動の4分の3以上は遺伝的なもので,変動の一部は,親には防ぎようのない家庭内での環境要因の違いによるものだ。そして成人になると,家族間での環境の違いによるIQの差異——無作為抽出した家族Aと家族Bの間での差異——はほとんどなくなる。あなたの家族の特性と比べるために無作為にある家族を選べば,あなたの家族より資産が少なく,子供に本を読んでやらず,出来の悪い学校に通わせ,近隣環境が悪く,信じる宗教が違うかもしれないが,そんなことでほとんど違いは生じないというのだ。

リチャード・E・ニスベット 水谷 淳(訳) (2010). 頭のでき:決めるのは遺伝か,環境か ダイヤモンド社 pp. 32
(Nisbett, R. E. (2009). Intelligent and How to Get It. New York: W. W. Norton & Company)

一要素

 IQは知能の一要素にすぎない。実践的知能や創造的知能はIQテストではうまく評価できないが,これらの知能を考慮に入れれば学力と職業上の成功の両方をよりよく予測できる。これらの種類の知能に対する尺度をうまく改良すれば,IQテストによって測られる分析的知能と同じく重要なものになるかもしれない。
 どんな種類の知能をどのように測定したとしても,学業や職業上の成功を予測するための指標の1つにしかならない。情緒的なスキル,自制,そしておそらく動機づけや性格に関係する他の要因も重要だ。
 このようにIQの重要性には種々の限定条件があるが,さらにつけ加えれば,ほとんどの企業は社員に,一定レベル以上であれば知能をことさら求めていないようだ。それよりも,労働倫理,信頼性,自制,根気強さ,責任感,コミュニケーション力,チームワーク,変化に対する順応性を重んじているという。
 つまり,IQが知能のすべてではないし,また,IQのスコアよりも幅広く知能を定義したところで,学業上の成功や職業上の成果に影響を及ぼすただ1つの重要な要因ということにもならない。さらに,学業上の成功だけで職業上の成功を予測することもできない。

リチャード・E・ニスベット 水谷 淳(訳) (2010). 頭のでき:決めるのは遺伝か,環境か ダイヤモンド社 pp. 22-23
(Nisbett, R. E. (2009). Intelligent and How to Get It. New York: W. W. Norton & Company)

IQが予測するもの

 IQのスコアからは,どんなことが予測できるだろうか?まず何よりも,学校での成績を予測できる。100年以上前にアルフレッド・ビネーがIQテストを考案したのはまさにそのためだったので,これは驚くにはあたらない。ビネーは,正規教育に向いておらず特別な処置を必要とすると思われる子供を選り分けられるようにしたいと,IQテストを考え出したのだった。今日,典型的な知能テストのスコアと成績との相関は,およそ0.50だ。かなり大きな値だが,学力を予測するうえで,IQテストでは測れない変数をいくつも考える余地はある。
 IQテストはおもに「分析的知能」と呼ばれるものを測っていて,「実践的知能」とは区別される。分析的問題は,たいてい他者の手でつくられ,明確に定義されていて,解くために必要な情報はすべて問題文のなかに盛り込まれており,正しい答が1つしかない。そして,普通は決まった1つの方法でしか答にたどり着けず,多くの場合日常の経験と密接に関連しておらず,その問題自体は特別興味深いものでもない。
 「実践的問題」はそれとは対照的に,解くべきものがあることを認識しなければならないが,通常はっきりと定義されておらず,解くうえで関係する情報を探さなければならないことが多い。また,考えられる解が何とおりかあり,たいていは日常の経験に潜んでいて,解くためにはそうした経験がなければならず,そして内発的動機づけを必要とする。

リチャード・E・ニスベット 水谷 淳(訳) (2010). 頭のでき:決めるのは遺伝か,環境か ダイヤモンド社 pp. 16-17
(Nisbett, R. E. (2009). Intelligent and How to Get It. New York: W. W. Norton & Company)

イヌの3タイプ

 牧草地のイヌたちと遊んでいると,かれらがボールを見失うことがあります。草むらの中にボールが紛れ込むのです。その際,同じゴールデン・レトリーバーでも,イヌたちの反応には個体差があります。大まかにいえば,探す,探さない,のどちらかです。そのようすを観察していると,同じ「探さない」でも,2つのタイプにわかれます。
 もうボールがなくなったかのように,すぐにあきらめる。あるいは,草むらの手前で立ち止まって,他のイヌのようすを眺める。つまり,「探す」タイプを入れて,合計3タイプにわかれるのです。

堀 明 (2011). 犬は「しつけ」でバカになる:動物行動学・認知科学から考える 光文社 pp.103

詰め込み

 最近は,「インテリ芸能人」のクイズ番組や高校生クイズ大会など,従来の知識を問うクイズではなく,頭の良さを競うと銘打ったクイズ番組がよく放送されていますが,それらも,要するに,漢字をたくさん知っている,四字熟語や慣用句をよく知っているといった,いわゆる知識を競っているだけのもの。昔から,詰め込み教育では発想力は鍛えられないなどと言いながら,まさに,詰め込みの成果を見る以外の何ものでもないようなクイズ番組の勝者を,地頭がいいなどと言って崇め奉っているのです。

和田秀樹 (2011). 脳科学より心理学:21世紀の頭の良さを身につける技術 ディスカヴァー・トゥエンティワン pp.102

評価の他分野への波及

 つまり,あることで頭が良いからといって,別のことで頭が良いかどうかはまったくわからないいのに,ノーベル賞をとったという理由だけで,教育に対して何の実績もない人を教育問題のトップにしてしまい,国全体がたいへんなことになってしまったわけです。

和田秀樹 (2011). 脳科学より心理学:21世紀の頭の良さを身につける技術 ディスカヴァー・トゥエンティワン pp.99

聖職者の誕生日

 ハリソンは,人名事典と物故者事典で,さらに栄光浴効果を調査しているうち,聖職者にクリスマス生まれが多いことに目を留めた。さらに,聖職者を「上位聖職者(主教または司教以上)」と,「下位聖職者(上記以外)」に分類して調べなおした。確率的には,クリスマス生まれの割合は,どちらもだいたい同じになるはずである。ところが,上位聖職者のほうが,キリストと同じ誕生日の人が多かった。上位へ上るほど,イエス・キリストに近づきたいという思いが強まるのだろうか?

リチャード・ワイズマン 殿村直子(訳) (2008). Qのしっぽはどっち向き?:3秒で人を見抜く心理学 日本放送出版協会 pp.50

お世辞効果

 もう1つ,「お世辞効果」がある。ほとんどの人は,自分に脚光を当ててくれる言葉を信じたがる。そこで,「あなたは才能を生かしきっていない」とか,「自立した考えのもち主」などと言われると,ありがたく受け入れたがるのだ。5割もの人が占星術を信じる原因は,ここにある。占星術の12の星座は,昔から陽の星座(牡羊座,双子座,獅子座,天秤座,射手座,水瓶座)と陰の星座(牡牛座,蟹座,乙女座,蠍座,山羊座,魚座)に分けられているが,陽の星座の特徴は,陰の星座よりも好ましいものが多い。天秤座の人は平和と美を求めるのに対し,牡牛座の人は,実利的で怒りっぽいといわれる。ウィスコンシン大学の心理学者,マーガレット・ハミルトンは,人びとに誕生日を尋ね,星占いをどれぐらい信じるか,7段階で表してもらった。すると,陽の星座の人は,陰の星座の人よりも星占いを信じる傾向が強く,「お世辞効果」説を裏づける結果になった。

リチャード・ワイズマン 殿村直子(訳) (2008). Qのしっぽはどっち向き?:3秒で人を見抜く心理学 日本放送出版協会 pp.37

自分をだますほうが良い

 フォアラーは,学生が自身のことをどれぐらい鋭敏で如才なく,賢いと思いたがっているのか,知りたかった。あいまいな性格検査の記述を高く評価してしまったことは,彼らの自尊心に強力なパンチを食らわせただろう。そうだとすれば,自分の真実の姿を認めるつらさよりも,実験にだまされたことを否定する安易な道を選ぶのではないだろうか?
 3週間後,フォアラーは,「みんなに採点してもらったシートから,うっかり名前を消してしまった」と言った。そして,「このまえと同じ採点をもう一度書き込むように」と頼んだ。本当は,名前など消していない。最初の採点と,やりなおしの採点とを比較するためである。すると,最初は5(パーフェクト)をつけた学生の半数が,もっと低い点をつけたと申告してきた。どうやら,だまされやすい人は,自分がだまされやすいという事実を認めるより,自分をだますほうが好きらしい。

リチャード・ワイズマン 殿村直子(訳) (2008). Qのしっぽはどっち向き?:3秒で人を見抜く心理学 日本放送出版協会 pp.34

バーナム効果

 フォアラー教授は,心理学入門講座の学生たちに性格検査を受けさせ,1週間後,結果についてコメントを書いた紙を渡した。さらに,学生たちに,「そのコメントをよく読んで,自分に当てはまっているかどうか,0(はずれ)から5(パーフェクト)までの数字で評価するように」と頼んだ。また,「この性格検査が,よくできていると思う人は手を挙げるように」とも言った。
 さて,少し時間を巻き戻して,実験を再現しよう。学生に渡されたコメントの1枚は,こんな内容だった。このなかに,あなたに当てはまる記述はあるだろうか?

 あなたは,ほかの人から好かれたい,賞賛されたいと思っていますが,自分に厳しくしがちなところがあります。性格的に弱いところもありますが,ほとんどの場合は,それをうまく補うことができます。あなたには,まだ生かしきっていない秘めた能力がかなりあります。外では規律を守り,自分を抑えることができますが,じつは不安で心細いことがあります。自分の決断は本当に正しかったのだろうか,間違っていなかっただろうかと,真剣に悩むことがよくあります。ほどよい変化を好み,厳しい制限を受けると不満を感じます。自立した考えをもっているという自信があり,十分な証拠なしに他人の言うことを鵜呑みにすることはありません。他人に自分のことをあまりさらけだすのは,よくないと考えています。外向的で,他人に愛想よくふるまうことができますが,内向的で,慎重になるときもあります。あなたは非現実的な願望ももっています。

 学生たちはコメントを読んで採点し,1人,また1人と手を挙げた。少し経つと,ほとんど全員が手を挙げていた。フォアラーは目をまるくした。なぜって?
 心理学の実験ではよくあることだが,フォアラーは,学生たちにある事実を隠していたのだ。彼らに渡した性格検査のコメントは,各人の検査結果に基づくものではなく,数日まえに書店で買った占星術の本から抜き出したものだった。そして,もっと重要な点は,どの学生に渡したものも,まったく同じ内容,そう,たった今,あなたが読んだのと同じものだったのだ。 

リチャード・ワイズマン 殿村直子(訳) (2008). Qのしっぽはどっち向き?:3秒で人を見抜く心理学 日本放送出版協会 pp.32-33

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