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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「パーソナリティ・個人差」の記事一覧

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クレッチマー説

 ではクレッチマーが実際に診療をしていたころのドイツ(20世紀前半)は,どうだったのだろうか?おそらくクレッチマーが言った通り,肥満者は融通がきき,親切で温厚(外向的)であり,やせ型は非社交的で物静か,神経質で傷つきやすい(内向的で神経症的)だったと思われる。だからクレッチマー理論が生まれた,と考えるのが自然である。それが100年近くのうちに,なぜ正反対になってしまったのだろうか?
 肥満に対する社会のイメージは,その社会の豊かさで決まる。それが,私の考え方である。つまり,経済的に貧しい国では肥満はポジティブに受け止められるが,社会が豊かになるにつれて肥満のイメージはネガティブになっていくのである。
 貧しい国では,金持ちほど肥満者が多い。十分な量の食料を手に入れるだけのお金を持っているからである。そうなると,肥っていることは富の象徴であり,人びとのあこがれとなる。だから肥満に対するポジティブイメージが社会に拡がる。
 一方,経済的に豊かな国では,富裕層に肥満者が少なく,貧乏な層で肥満者が多い。国が豊かになると,貧しい者でも十分な量の食料を手に入れることができるからだろう。そうなると,肥ることが人びとのあこがれではなくなる。むしろ,(肥満という)不健康な習慣を変えられない意志の弱さ,肥りやすい食品しか選べない貧困の象徴として,肥満が受け止められる。つまり,肥っていることが貧困と無知と意志薄弱の象徴になってしまう。実際にアメリカ女性の肥満の割合は,社会経済的地位の低い女性では(高い女性の)2倍以上におよんでいる。
 欧米の100年を振り返ってみると,クレッチマーが理論を作り上げた20世紀前半は貧しい時代であり,肥満が富の象徴という時代だったのかもしれない。たしかに,チャップリンの映画では,金持ちは肥っていて,貧しいチャップリンはやせていた。そして第2時世界大戦後,欧米が豊かになるにつれて,そして人びとが肥るにつれて,金持ちは「肥らない」ように心がけ始めた。そしてスリムな体型を維持することに人びとはあこがれ,肥満に対するネガティブイメージが拡がった。
 この100年間で,欧米の肥満イメージはこれほど大きく変わってしまった。肥満がポジティブにとらえられていた時代に活躍したクレッチマーの理論がいまの欧米で当てはまらないのは,そういう事情によるものと思われる。したがって,性格と体格の関係は,原因というより結果なのではないか。それが私の考えである。

辻 一郎 (2010). 病気になりやすい「性格」:5万人調査からの報告 朝日新聞出版 pp.61-63

(引用者注:クレッチマー理論は一般の人々の気質やパーソナリティを論じる以前に,体格と精神病理の関連から生じており,そのエビデンスも数多く発表されてきた。引用した文化的価値観の変化仮説が,体格と精神病理との関連も説明可能なのかどうかは考慮しなければならないだろう)
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どちらが正しいか

 どちらの考え方が正しいか?われわれは独立した存在か操作された機械か,また確固たる自己か影のような自己か?両立論者にとっては,自由意志が因果関係世界と共存でき,また実際に共存するが,自由な姿勢をとる余地がある。しかし決定論者には,自由意志は幻想であり,自由意志の霊的概念を主要な位置に高めること,そして,われわれが本来持っていないと考えるものを讃えることは理解できないのである。したがって,決定論は,より権威主義的な政治姿勢に伴うと予想できる。これは正しいと思われる。19世紀と20世紀初頭に科学が地位を確立し,政治に対する決定論のインパクトが増大した。マルクスの歴史の力に関する決定論的学説は,共産主義による全体主義的悪夢をもたらし,人種は性格に対する固定的な決定要因であると主張した生物学的決定論は,反ユダヤ主義者の憎しみをいっそう増大させ,ホロコーストに手を貸した。
 決定論は人類に対する犯罪を促進し得るが,常にそうとは限らない——または,哲学的立場として放棄されなければならないことを意味しない。もし自由意志が幻想であるとするならば,そしてもし可能ならば,われわれは単に,われわれの政治が過剰にそれを持たないように認識すべきである。しかしながら,この結論は,偽の両立主義に依存しており,ある意味で最後の手段である。したがって,次の段階としては,因果関係の世界において自由意志が本当に残っていけるのかを考える必要がある。

キャスリン・テイラー 佐藤敬(訳) (2006). 洗脳の世界——だまされないためにマインドコントロールを科学する 西村書店 pp.250-251
(Taylor, K. (2004). Brainwashing: The Science of Thought Control. London: Oxford University Press.)

きょうだいのIQ

 ノルウェー軍の数十万人の徴集兵を対象とする調査が示す単純な事例から,社交的な交際相手(この場合は兄弟)の数が人にどんな影響を及ぼすかがわかる。しばらく前から知られているように,最初に生まれた子供は2人目よりもIQのスコアが数ポイント高く,同じように2人目は3人目よりも少し高い。だが,こうした違いをもたらすのは,生まれつき決まっている生物学的な要因なのだろうか,それとも,あとから生じる社会的要因なのだろうか。これが,この研究領域における未解決の問題の1つだった。ノルウェー兵の調査からわかったのは,家族の規模や構成といった社会的ネットワークの単純な特徴が,こうした違いの原因だということだった。第二子の幼少時に上の子供が亡くなると,第二子のIQは上昇し,第一子と同じくらいになる。第三子の幼少時に上の子どものどちらかが亡くなると,第三子のIQは第二子と同じくらいになる。上の子供がともに亡くなると,第三子のIQは第一子と同じくらいになるのだ。

ニコラス・A・クリスタキス,ジェイムズ・H・ファウラー 鬼澤忍(訳) (2010). つながり:社会的ネットワークの驚くべき力 講談社 pp.34
(Christakis, N. A. & Fowler, J. H. (2009). Connected: The Surprising Power of Our Social Networks and How They Shape Our Lives. New York: Little, Brown and Company.)

元論文: Kristensen, P., & Bjerkedal, T. (2007). Explaining the relation between birth order and intelligence. Science, 316, 1717.

ゴークランの研究

 フランスの心理学者ミシェル・ゴークランは,占星術の科学的基礎の発見に生涯をささげた。彼が行なった主な研究は,著名な医師や政治家や軍人の誕生日と,惑星の特定の配置との間の統計的な関係性を調べることである。たとえば,フランスの医師の中には,火星と土星が支配的な時期に生まれた人の割合が思いのほか多かった。また,2千人を超えるトップクラスのスポーツ選手の誕生日を調べた結果,ここでも家政が重要な位置を占めていることがわかった。
 ゴークランは,他にも次のような多くの関連性を発見している。

 スポーツ選手  火星が強く,月が弱い
 軍人      火星または木星
 俳優      木星
 医師      火星または土星が強く,木星が弱い
 政治家     月または木星
 会社重役    火星または土星
 科学者     火星または土星が強く,木星が弱い
 作家      月が強く,火星または土星が弱い
 ジャーナリスト 木星が強く,土星が弱い
 劇作家     木星
 画家      金星が強く,火星または土星が弱い
 音楽家     金星が強く,火星が弱い

 ゴークランの発見は,すべてが占星術の正しさを裏づけるものとは限らない。初めのころに行なった黄道十二宮についての研究では,占星術師の主張を裏づける証拠は何ひとつ見つからなかった。ゴークランは生涯,そんな発見はまちがいでありまやかしだと,科学者たちから非難を受けつづけた。そして1991年,集めたデータのほとんどを破り捨てたあと自殺したのである。 

マーティン・プリマー,ブライアン・キング 有沢善樹(訳) (2004). 本当にあった嘘のような話:「偶然の一致」のミステリーを探る アスペクト pp.27-29

偶然を信じる者は

 カナダのマニトバ大学のスティーヴン・ラドキーは,同じ大学の学生仲間が経験した偶然の一致を何年もかけて調査した。その結果,1年生の中で「共時性の経験度が高い」,または身のまわりの共時性や意味のある偶然につねに注意を向けている学生は,自己採点式の心理的健康度も高く,初めての大学生活にうまく適応していることがわかった。
 ラドキーの結論によれば,人生で遭遇する—とくに個人的な—偶然の一致にいつも目を光らせている人は,世界は居心地がよく,秩序だっており,こちらの働きかけに応えてくれる場所だと考える傾向があり,その結果,いつも幸福を感じていられるようになるのだという。どうやら偶然の一致とは人間にとって役に立つもののようだ。

マーティン・プリマー,ブライアン・キング 有沢善樹(訳) (2004). 本当にあった嘘のような話:「偶然の一致」のミステリーを探る アスペクト pp.20-21

MBTIの妥当性

 全体的なパーソナリティの測度として,MBTIは,よく確立された他の職業測度やパーソナリティ測度と関連が認められないと批判されてきた。検査手引きに一連の併存的妥当性データが含まれていることに対する検査開発者の努力は,賞賛に値するものであるが,4つのパーソナリティ指向が,他の測度によって査定された類似の構成概念と関係することを示す一貫した事実に乏しい。発表された研究によれば,MBTIは職業指向と職業業績の測度とほとんど対応しない(たとえばApostal & Marks, 1990; Furnham & Stringfield, 1993)。加えて,全体的なパーソナリティの測度として,MBTIは,最も一般的な人格構造の2つの科学的モデルであるアイゼンクの3因子モデルと5因子モデルのどちらにもあまり一致しない(Furnham, 1996; McCrae & Costa, 1989; Saggino & Kline, 1996; Zumbo & Taylor, 1993; しかしMacDonald et al., 1994を参照)。このようにMBTIは,現代のパーソナリティ測度として不十分と結論できる。

S.O.リリエンフェルド,S.J.リン,J.M.ロー 厳島行雄・横田正夫・齋藤雅英(訳) (2007). 臨床心理学における科学と疑似科学 北大路書房 pp.56
(Lilienfeld, S. O., Lynn, S. J., & Lohr, J. M. (Eds.) (2003). Science and Pseudoscience in Clinical Psychology. New York: The Guilford Press.)

MBTIについて

 マイヤーズ・ブリッグズのタイプ指標(MBTI; Myers & McCaulley, 1985)は,ユングのパーソナリティ理論に基づく自己記述式テストである。ユングの理論であるパーソナリティの類型は,パーソナリティ機能の包括的評価で表わされ,4つの基本的パーソナリティを推測する。それらは,対極の連続体構成概念としてMBTIで操作的に定義され,外向—内向(自己の外側を志向するか,内側を志向するか),感覚—直観(知覚による情報に依存するか直観に依存するか),思考—感情(論理的な分析に基づいて判断を下す傾向にあるか,個人的価値に基づいて判断を下す傾向にあるか),判断—知覚(外界とかかわるとき,思考—感情プロセスを使用する志向を有しているか,感覚—直観プロセスを使用する志向を有しているか)から成り立つ。受検者は,これらの4つの次元で得られた得点に基づいて,設定されたカットオフスコアによって得られる16の異なるパーソナリティ類型のどれかのカテゴリーに割り当てられる(たとえば,外向—感覚—思考—判断)。これらの16のカテゴリー使用は,賛否両論を引き起こしてきた。なぜならこれらカテゴリーは,ユング理論ともMBTIから収集されたデータとも一致しないからである(Barbuto, 1997; Garden, 1991; Girelli & Stake, 1993; Pittenger, 1993)。

S.O.リリエンフェルド,S.J.リン,J.M.ロー 厳島行雄・横田正夫・齋藤雅英(訳) (2007). 臨床心理学における科学と疑似科学 北大路書房 pp.54
(Lilienfeld, S. O., Lynn, S. J., & Lohr, J. M. (Eds.) (2003). Science and Pseudoscience in Clinical Psychology. New York: The Guilford Press.)

ロールシャッハ検査の増分妥当性は

 ロールシャッハの支持者は,しばしば,ロールシャッハの妥当性を評価する最適な方法は,増分妥当性を調査することであると示唆してきた(たとえばWidiger & Schilling, 1980)。しかしガーブ(1984)は,人口統計や自己記述的パーソナリティデータにロールシャッハデータを追加することは,必ずしもパーソナリティ査定の正確さを高めるものではないと結論づけた。これら研究のいずれも包括システムを使った展望には含まれていないことに注目すべきである。ロールシャッハと自己記述的測定との間の収束的妥当性についての限定的な事実が与えられたので,MMPIのような測定から得られる以上にロールシャッハが重要な臨床データを加える機会を提供すると論じるロールシャッハ支持者もいる(たとえばWeiner, 1993)。しかしこれまでの事実はこの主張を支持していない。アーチャーとゴードン(Archer & Gordon, 1988)は,うつ病と統合失調症の包括システム指標が,MMPIデータに加えられたとき,診断効果をより高める役を果たさなかったことを見出した。同じように,アーチャーとクリシュナマーシー(Archer & Krishnamurthy, 1997)は,うつ病と行為障害の診断において,ロールシャッハ指標がMMPI-A指標の正確性をさらに高めることはなかったと報告した。

S.O.リリエンフェルド,S.J.リン,J.M.ロー 厳島行雄・横田正夫・齋藤雅英(訳) (2007). 臨床心理学における科学と疑似科学 北大路書房 pp.42
(Lilienfeld, S. O., Lynn, S. J., & Lohr, J. M. (Eds.) (2003). Science and Pseudoscience in Clinical Psychology. New York: The Guilford Press.)

ロールシャッハ検査の妥当性

 ロールシャッハはパーソナリティと心理機能の検査とみなされているので,同じものを測定する他の測度との間に有意な相関がみられるべきである。しかし興味深いことに,このことは当てはまらない。メタ分析データでは,他の投映法の測度との間に実質的に何の関係もない(重みづけ平均rは.03; Hiller et al., 1999)。ありとあらゆる心理機能の自己記述式の測定を考慮するならば,いくらかよい結果が出るであろう(重みづけ平均rは.28)。同じ構成概念を査定すると称されるロールシャッハスコアと自己記述式指標の間に弱い相関しかないことを指摘する何百という研究がある。ロールシャッハ支持者のなかには,そのような関係性を期待すべきだということを否定するものがいる(たとえばGanellen, 1996; Viglione, 1996, 1999)。

S.O.リリエンフェルド,S.J.リン,J.M.ロー 厳島行雄・横田正夫・齋藤雅英(訳) (2007). 臨床心理学における科学と疑似科学 北大路書房 pp.41
(Lilienfeld, S. O., Lynn, S. J., & Lohr, J. M. (Eds.) (2003). Science and Pseudoscience in Clinical Psychology. New York: The Guilford Press.)

妥当性について

 妥当性は,検査が測定する目的のものを測定するかどうかという問題を扱う。標準化され信頼性のある検査は,必ずしも妥当性のあるデータをもたらすわけではない。妥当性とは,検査がその目的に関連のある行動のタイプを抽出すること(内容妥当性),査定する現象に関係する理論的仮説に一致するデータを提供すること(併存妥当性と予測妥当性),他の心理学的現象による影響の混交をほとんど受けない現象の測定を提供すること(判別妥当性)を保証する。応用的状況では,加算的形式の妥当性が考慮されるべきである。すなわちそれは増分妥当性であり,検査からのデータが他のデータから収集される情報以上にわたしたちの知識を増やす程度のことである(Sechrest, 1963)。検査が妥当であるか否かということを云々するのは通常であるが,実際の妥当性ははるかに複雑である。多くの心理検査は大きな構成体をなし,個々の側面を判定するための下位尺度から構成されている。このような状況では,下位尺度のそれぞれの妥当性が確立されなければならないのであり,検査自体の妥当性が云々されるのは,誤りである。さらに,検査は特定のグループのなかで特定の目的のために妥当するように(たとえば,特定の年齢や性別)つくられており,妥当性は常にある変数内で設定されるので,検査や下位尺度の全体的妥当性は存在しない。最後に,検査は多面的な目的で使われるであろうが,それぞれの目的に関する妥当性は,経験的に確立されなければならない。たとえば,心理的苦悩に関する自己記述式検査が診断確定の妥当な指標であるとしても,それが同時に法定で,意思決定能力や児童保護権の申立てを審査する目的で,使われることを支持するわけではない。

S.O.リリエンフェルド,S.J.リン,J.M.ロー 厳島行雄・横田正夫・齋藤雅英(訳) (2007). 臨床心理学における科学と疑似科学 北大路書房 pp.34-35
(Lilienfeld, S. O., Lynn, S. J., & Lohr, J. M. (Eds.) (2003). Science and Pseudoscience in Clinical Psychology. New York: The Guilford Press.)

バーナム効果

 このような現象は,サーカスの興行師バーナム(Barnum, P. T.)にちなんで,バーナム効果といわれている(Meehl, 1956)。彼は,かつて「私はすべての人々を引き付けるちょっとしたものを示すように努めている」と言ったといわれる人物である。このようにして,たとえ検査結果がクライエントに関する情報を何も提供していないとしても,クライエントは検査結果が正しいと感じてしまう。つまり,検査結果がバーナムのような内容(ポリアンナ原理に関連している)であったとしても,検査結果が正しいと信じてしまいがちなのである。そして「私に当てはまっています」とクライエントが述べることによって,この症例の概念化や検査結果またその両方に関して妥当性を確認しようとする臨床家は,誤った方向へ導かれてしまうことになるだろう。

S.O.リリエンフェルド,S.J.リン,J.M.ロー 厳島行雄・横田正夫・齋藤雅英(訳) (2007). 臨床心理学における科学と疑似科学 北大路書房 pp.27
(Lilienfeld, S. O., Lynn, S. J., & Lohr, J. M. (Eds.) (2003). Science and Pseudoscience in Clinical Psychology. New York: The Guilford Press.)

ビネの原則

 知能検査はフランス人のアルフレッド・ビネによって考え出された。ビネは検査の実施に際して,3つの基本原則を設けた。しかし,それらの原則は,アメリカの心理学者によって一貫して無視され,悪用されたのである。
 ビネの原則(1) 得点は生まれつきのもの,あるいは永久的なものを何ら明確にするものではない。
 ビネの原則(2) 得点等級は学習障害のある子供を見極め,助けるための大まかな指針であり,普通の子供たちを測るものではない。
 ビネの原則(3) 低い得点は子供の知能が生まれつき劣っていることを意味しない。
 ビネの検査はニュージャージー州にあるバインランド知的障害児訓練校の研究主任H・ゴダードによって翻訳され,アメリカに紹介された。ゴダードはこのビネのテスト得点表を使って知的障害の等級を発展させたが,それは知能を唯一絶対的なものとして認めるという仮定に基づいていた。したがって,これはビネの原則(1)に反したものであった。さらに,ゴダードは知能が子供に受け継がれることを当然のこととみなしたことから,原則の(2)と(3)も犯してしまったのである。こうして,ゴダードは社会に存在する階級構造を正当化し,不変のものであると主張した。つまり,階級ピラミッドの底辺にいる者は,生まれつき知性に乏しく,生来優秀な管理者の指導を必要とすると主張したのである。

ウイリアム・ブロード,ニコラス・ウェイド 牧野賢治(訳) (2006). 背信の科学者たち:論文捏造,データ改ざんはなぜ繰り返されるのか 講談社 pp.275-276

見ただけで分かるわけではない

 脳構造に基づいて個人の特徴や認知症などの予測がある程度できると言ってきたので,脳を見ただけで何もかもわかってしまうのではないかという不安や期待をかき立てたかもしれない。しかし,そのような予測がどの程度正確なのかということには常に注意を払う必要がある。というのは,新しい研究ではかろうじて統計的な傾向が見られたにすぎない状況も多々あるし,なんらかの特殊な実験状況のみで成立する発見の場合も多いからだ。それは,科学者が仮説を検証したり原理的な可能性を検証する段階では十分だが,現実世界に応用できるレベルまで来ているかどうかを検討するには,予測の精度が問題となる。
 科学ニュースなどで新しい脳科学の発見が一般向けに簡略化される過程では,「なにかができる」という可能性の面ばかりが強調されてしまい,実際の予測の精度や具体的な状況は表からは見えにくい。

金井良太 (2010). 個性のわかる脳科学 岩波書店 pp.37-38

個人差を見ることで

 個人差を無視した人間一般の脳の研究では,脳に関する知見は増えても,個別の状況の判断は間接的にしかおこなうことができない。一方,認知能力の個人差の原因を脳科学として探ることで,現実世界の問題に脳科学が応用できる大きな可能性が見えてくる。たとえば,記憶のメカニズムを調べるには被験者集団の平均から探ることは有効だが,記憶力の良さの秘密を解明するにはそれは適していない。現実に記憶力を向上させるという目標に向けて脳科学の知見を応用しようとした場合,記憶力が良い人は何が違うのかを直接調べることのほうが,実際にどうしたら記憶力が良くなるかなどの対策を考える上で有効である。
 個人差に基づいた研究のもう1つの魅力は,我々人間にとって素朴な疑問である「自分の脳は他人の脳とどう違い,どのような特徴があるのか」という問いに答えることができるということだ。このような個人差の脳基盤を理解することで,個人の能力や将来の行動のパターンを脳構造から予測することが可能になると考えられる。

金井良太 (2010). 個性のわかる脳科学 岩波書店 pp.33-34

指の長さの比率と男性性

 胎児のときに性ホルモンであるアンドロゲンを浴びた人ほど,薬指が長くなることが知られている。一方,アンドロゲンを胎児のときに浴びた人ほど,成長の過程でアンドロゲンのひとつであるテストステロンに影響を受けやすく,「男らしい脳」が育つ。「男らしい脳」といっても曖昧だが,広く考えられているのは空間的な認知能力やリスクを進んでとる傾向などである。この発生学上の理由で生じる相関関係から,人差し指と薬指の比率すなわち(人差し指の長さ)÷(薬指の長さ)は2D:4Dと呼ばれ,個人の脳の「男らしさ」と対応していると考えられている。
 ジョン・コーツたちがおこなった最近の研究では,ロンドンのシティ(金融街)で働く先物取引の高頻度トレーダーの2D:4Dを測り,それが取引により得た利益と相関関係があるかを調べた。そして,驚くべきことに,個人のトレーダーとしての実力が指の長さの比率と見事に相関することを見つけ出した。
 たったこれだけのことで個人のトレーダーとしての資質がわかってしまう。このことは,極度の「男脳」を持つことがトレーダーとしての仕事に適していそうだということを示唆している。これが一時のリスクを進んでとる性格の反映にすぎないのであれば,ハイリスクをとった人間が,そのときの市場の状況にうまく後押しされて,偶然大きな利益を上げていただけだという可能性も考えられる。そうであれば,一時的に大きな利益を上げていたとしても長期的にこのような業界で生き延びることは難しい。しかし,実際には人差し指の短い「男脳」のほうが,トレーダーとして長く仕事を続けることもデータによって示された。
 このことから,2D:4Dとトレーダーとしての成功は,単に「男脳」がリスクを進んでとらせるというだけでなく,それ以外の利点もあると考えられる。この研究をおこなったコーツたちは次のように解釈している。2D:4Dが指標となるトレーダーに適した資質というのは,単にリスクをとるという性格だけではなく,常に高いレベルの注意力を維持し,すばやくチャンスに反応するという能力なのではないか。ただし彼らの研究は高度なトレーダーを対象としたもので,一般的なトレーダーすべてに当てはまるとは限らない。投資銀行では顧客とのコミュニケーション能力や,長期的な計画能力など複数の能力が必要となるため単純に2D:4Dですべてがわかるというものではないからである。

金井良太 (2010). 個性のわかる脳科学 岩波書店 pp.22-24

特性不安と脳機能

 また,個人の性格の違いによって脳の反応の仕方が異なる例も知られている。これまで述べてきたような質問紙による方法で,個人の「不安度」を測ることができる。そのためには,個人の持つ性格としての「特性不安」を測るためにスピルバーガーが作成したSTAIという検査が頻繁に用いられる。特性不安の高い人は,脅威となり得る刺激に非常に敏感である。これは,前頭前野背側外側部(DLPFC)が入力刺激を十分に制御することができていないからではないかと考えられている。この仮説を支持するべく,ソニャ・ビショップの研究は,特性不安の高い人ではDLPFCの活動が脅威刺激に限らず弱まっていることを示した。この発見により,不安を感じやすい性格の人は,課題に応じて関連した対象へ適切に注意を向けるという制御機構に問題を抱えていると思われる。
 この研究はまた,個人の特徴が局所的な脳活動の強さに反映されている例として重要である。一般にfMRIの解析では,個人差というものはノイズにすぎないとして扱われがちだ。それは,fMRI解析が人間一般についての脳活動の平均的パターンを見つけ出すという目的のもとでおこなわれている解析だからである。複雑な社会における脳活動を今後さらに調べていくと,個人の性格や能力の違いで脳活動のパターンも大きく異なってくるような状況は次々に出てくるだろう。そのようなときに,この例のように性格特徴検査などを解析の一部として組み込むことで,脳の各部位のより詳細な理解を得ることができるようになるだろう。

金井良太 (2010). 個性のわかる脳科学 岩波書店 pp.20-21

衝動性と脳構造

 「衝動性」も個人の行動を特徴づける特性の1つだが,これも脳の構造と相関関係があることが示されている。「衝動性」というのは,簡単にいうと「前もって結果を考えずに,行動を起こしてしまう性格」のことである。衝動性の高い人は意思決定が速いが,そのかわり前もっての計画性がない傾向が認められる。また,注意欠陥・多動性障害(ADHD)とも関係が深いと考えられている。個人の衝動性は,バラット衝動性スケール(BIS)という質問紙に自己評価で答えてもらうことで測ることができるが,BISの得点が高い人ほど眼窩前頭皮質の灰白質が局所的に少ないことがVBM解析によりわかった。眼窩前頭皮質は,行動の抑制時に活動することがそれ以前のfMRIの研究で知られていたが,この部位の灰白質の量が個人の衝動を抑える力と相関しているというのは納得がいく。

金井良太 (2010). 個性のわかる脳科学 岩波書店 pp.20

社会報酬依存とVBM

 ある人が他人との交流を求める性格かどうか,その度合いが脳の構造にどれほど反映されているかをVBM解析を用いて調べた研究がある。社交性を測る指標はいくつかあるが,これをおこなったマエル・レブレトンらの実験では,クロニンジャーが考案した社会報酬依存性という社交性の指標とそれに対応する脳部位を探索した。この社交性の指標が高い人ほど,両側の下側頭葉と,腹側線条体,眼窩前頭皮質,被殻そして淡蒼球が大きいという相関関係が見つかった。つまり主に脳内の報酬と関わる部位が発達していることがわかったのである。社交的な人は人との交流を通じてより強く心理的な喜びを得ているのかもしれない。

金井良太 (2010). 個性のわかる脳科学 岩波書店 pp.19-20

VBM解析

 脳の構造の個人差を検出する手法として三次元形態解析のひとつであるVBMという解析方法が用いられる。VBM解析では,脳の構造MRI画像から神経細胞が集中している灰白質をコンピュータ上で分離し,灰白質画像をもとに局所的な灰白質の量を計算する。このような解析により,一見どれも同じように見える個々人の脳の構造MRI画像から,灰白質の微細な量の違いを検出することができる。また,個人の局所的灰白質の量を平均的な脳と比較して,どの部位が多くどの部位が少ないかを視覚化することができる。
 当然ながら,脳の灰白質の局所量は,性別や年齢などに依存した関係がある。一般的に,男性の方が体も頭部も女性より大きいため,脳の容量も相対的に大きな傾向にある。カトリオーナ・グッドたちの論文では,頭蓋骨内の容量のファクターを差し引いた場合,男性と女性の間で局所的に発達している部位のパターンが異なることを明らかにした。この研究では男性では扁桃体,海馬,嗅内皮質,嗅周皮質が大きく,女性では右の中側頭回,眼窩前頭皮質側部,左の海馬傍皮質,右のヘッシェル回,下前頭回両側,右の側頭平面,右の下頭頂小葉,右の帯状皮質,左の上側頭溝が大きい。このような性別に依存した脳構造のパターンから脳を見て男か女かを予測することも可能だ。

金井良太 (2010). 個性のわかる脳科学 岩波書店 pp.10-11

占星術の学術研究

 デンマークのオルフス大学心理学部のペーテル・ハルトマン研究員らは2006年,専門誌『パーソナリティ・アンド・インディヴィジュアル・ディファレンシズ』で,占星術と個性の関連を調査した非常に大規模な研究の結果を発表した。それによると,いわゆる太陽星座と本人の性格の間には,まったくといっていいほど関係がない。
 オーストラリアでは,元占星術師のジェフリー・ディーンが占星術の科学的妥当性を調べるため,誕生日が同じで生まれた時刻も最大20分しか違わない2000人以上もの人々を追跡調査した。数十年にわたり,配偶者の有無やIQや気質など100項目に及ぶ点を調べた研究の結果は2003年に専門誌『意識研究ジャーナル』で公表された。ディーンが下した結論によれば,誕生日が個人の性格や生き方に影響を与えることはなく,占星術師なら予言するはずの共通点が存在する証拠もなかったという。

ウィリアム・リトル 服部真琴(訳) (2010). サイキック・ツーリスト:霊能者・超能力者・占い師のみなさん,未来が見えるって本当ですか? 阪急コミュニケーションズ pp.336

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