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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「その他心理学」の記事一覧

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特権の行使

アレックスはラベル(ものの名前)をおぼえ,言葉で要求する方法を知っていた。そのことによって,彼は自分のまわりの環境をコントロールすることができ(つまり,まわりの人たちを意のままに動かすことができ),彼はその能力を存分に行使した。アレックスの「研究室のボス」人格は,私たちがノースウェスタン大学にいたときに頭角をあらわし,トゥーソンに移った頃には完全に定着していた。学生たちはよく,自分たちが「アレックスの奴隷」だと冗談で言っていた。実際,つぎからつぎへと要求をして,学生たちを走り回らせていた。とくに,新入生に対しては容赦なかった。「コーン ホシイ」「ナッツ ホシイ」「カタ イキタイ」「ジム(体育館) イキタイ」など,延々と続くので自分の知っているラベルと要求をすべてぶつけているのではないかと思うほどだった。いわば,アレックスによる新入りに対するイニシエーションの儀式だ。かわいそうに,その学生はすべての要求に応えるため,必死で走り回らなければならなかった。そこでアレックスに認められないと,その後のアレックスの訓練や実験で相手にしてもらえないのだ。
 ひもで物体をたぐり寄せる実験でのアレックスの「失敗」は,彼の知能が低いせいではないことに私は気づいた。そうではなく,彼の特権意識,つまり「要求すれば聞いてもらえる」という認識のあらわれだったのだ。いつもはアーモンドをすぐ渡していたのに,ひもに結びつけてつるすなどといった余計なことをしたものだから,彼は自分で取らずに,私に取るように要求したのだ。そうでなければ,たぐり寄せるなんて面倒なことを彼はするはずもなかったのだ。これに対して,キョーが成功したのはなぜだろうか。実験を行なった時点では,キョーはまだラベルや要求をうまく言えなかったので,「人にやってもらう」という発想がなかったのだ。だから,キョーは自分の知能だけをたよりに欲しいものを入手するために努力したのだ。いっぽうのアレックスは,自分の特権を行使したのだ。

アイリーン・M・ペパーバーグ 佐柳信男(訳) (2010). アレックスと私 幻冬舎 pp.196
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わざと

ときには,退屈していることを示すために,アレックスは私たちをからかうこともあった。たとえば,私たちが「鍵は何色?」と質問すると,彼は知っている色の名前をすべてあげるのだ——正解の色以外は。アレックスはこのゲームがだんだん達者になり,正解することよりも私たちをイラつかせることを楽しむようになっていった。統計学的には,偶然に正解以外を答え続けることは不可能に近いので,私たちは彼がわざとやっていたと確信していた。この例は「科学的」ではないが,アレックスの頭のなかで起きていたであろうことがよくわかる。つまり,かなり高度な認知過程が展開されていることがうかがえるのだ。彼が単に楽しいからやっていたのか,もしくはジョークだと認識して私たちを笑いのネタにしていたのかはわからない。いずれにしても,単に与えられた質問に答えていただけでないことはたしかである。

アイリーン・M・ペパーバーグ 佐柳信男(訳) (2010). アレックスと私 幻冬舎 pp.143-144

論争が絶えない

言語は,科学的にもそうだが,感情的にも論争の絶えないテーマだ。一部の科学者たち,そして一般人の中にも,言語は人間だけに与えられた神聖なものだという考えが根強い。そういう人たちにとっては,言語こそが「我々」(人間)と「彼ら」(それ以外の動物)を根本的に区別するものなのだ。また,これは専門家の間での話だが,「言語」をどのように定義するべきなのかという問題も長く論争が続いている。たとえば,野生生物は互いにコミュニケーションを取り合う例が多く知れらているし,多くの場合は音声でのコミュニケーションだが,これは言語の一種ではないのか?などといった議論をはじめると,泥沼にはまりかねない。ここでは単にこのような意見のぶつかり合いが激しくなっていた時期だったということを言いたかっただけなので,今はこれ以上詳しく書くことはやめておく。

アイリーン・M・ペパーバーグ 佐柳信男(訳) (2010). アレックスと私 幻冬舎 pp.111

欠陥はどこに

そもそも,コミュニケーションというのは社会的な営みである。ならば,コミュニケーションを学習するプロセスも社会的な営みだと考えるのが当然だ。外界から遮断した箱の中に動物を入れてコミュニケーションを学習させようとしても,成功する訳がないと私は考えた。何人かの研究者が鳥でオペラント条件づけによる発話の訓練を試みたものの,無残に失敗していた。彼らは,訓練に失敗した原因は鳥の能力の欠陥だと主張した。しかし,私にしてみれば,欠陥があったのは彼らの理論的な前提と訓練方法だ。

アイリーン・M・ペパーバーグ 佐柳信男(訳) (2010). アレックスと私 幻冬舎 pp.93-94

常識に反する

私がアレックスの訓練に使おうとしていた方法は,当時の定説から大きく外れていた。心理学の主流は,行動主義と呼ばれる立場だ。それによれば,動物は認知や思考の能力がほとんどないオートマトン(つまり機械仕掛けのようなもの)だとされる。当時の生物学はもう少しましだったが,それでも動物の行動は生まれつきプログラムされたものに過ぎず,認知・思考の能力はないとみなす説が大勢を占めた。こういう考え方が背景にあったため,動物で実験を行う場合には,とても厳密に実験条件を管理しなければならなかった。たとえば,実験前には,動物の体重がもとの80%に落ちるまで飢えさせなければならなかった。そうすることで,動物は食物を得ようと「正しく」反応する動機づけが生じると考えられていた。また,実験を行う際には,外界と遮断した箱に入れなければならなかった。これは,実験による「刺激」以外のことがらが動物に影響を与えないようにするのと,動物の反応を正確に記録するためだ。「オペラント条件づけ」と呼ばれる。訓練法である。私は,はっきり言ってこの方法は完全におかしいと思った。私が経験を通して培ってきた自然界の仕組みについての直観や常識にまったく反するものだった。

アイリーン・M・ペパーバーグ 佐柳信男(訳) (2010). アレックスと私 幻冬舎 pp.92-93

発話獲得へ

訓練をはじめてからわずか数週間で,アレックスは明らかに特定の物体を指して発声できるようになっていた。それは,私たちを模倣していたのではなく,単なるオウム返しでもなかった。このことを示す最初のできごとが7月1日にあった。それまでアレックスを観察していて,とくにフルーツなど,くちばしが汚れやすいものを食べたあとに紙でふきたがることはわかっていた。そのため,くちばしをふくための紙を欲しがる状況をつくろうとして,ときどきリンゴを与えた。いつも,アレックスは何を言っているのか聞き取れないような声で紙を要求した。しかし,この日はリンゴをあげたあとに,紙を与えることを私が忘れてしまったのだ。彼は,いつもの居場所になっていたケージのてっぺんから,「オバサン,何か忘れているだろ?どうした?」と言いたげな表情で私を見た(この表情は,その後年数を重ねるにつれてどんどん鋭くなっていくことになる)。アレックスはケージの端まで面倒くさそうに歩き,索引カードのしまってある引き出しを見下ろし,「エー・アー」と言った。いずれにしても,前のような,本当に出そうとしていたのかどうか定かでない声ではなく,はっきりとした声だった。
 私は興奮をおさえながら,それが偶然に出た声でないことを確かめることにした。まず,「エー・アー」と最初に言ったことのごほうびとして,索引カードを与えた。それをアレックスはうれしそうにしばらくかじった。つぎに,私は索引カードをもう1枚取り出し「これ,何?」と聞いた。すると,アレックスはまた「エー・アー」と言った。私はまたアレックスにごほうびのカードをあげた。これを6回繰り返した。しかし,7回目にはアレックスは飽きてしまったようだ。返事をせず,彼の独特なしゃがれ声で小さく鳴きながら熱心に羽づくろいをはじめた。アレックスは,レッスンに疲れたことを伝えるのだけは最初からうまかった。

アイリーン・M・ペパーバーグ 佐柳信男(訳) (2010). アレックスと私 幻冬舎 pp.86-87

疲労困憊

この危険が最初に特定されたのは,バウマイスターの研究室でのことだ。博士課程修了後の研究者であるジーン・トゥエンジという学生が,自己コントロールの研究をしているのと同じ時期に,自分の結婚の準備もしていた。その研究室で以前行なわれた実験,たとえばチョコレートやクッキーを我慢すると自制心が消耗するといった内容のレポートを読んでいるとき,そのころ遭遇した個人的な疲れる経験を思い出した。それはブライダル・レジストリ——結婚祝い品の登録だった。米国には親戚や友人から贈り物を巻き上げる一助として,企業と協力して欲しい物をリストアップするというおかしな習慣がある。一般的には,サンタクロースの存在を信じる年齢を過ぎたら,特定の贈り物をねだるのは失礼とされているのに,ブライダル・レジストリに欲しいものを登録するのは,双方のストレスを軽減する社会的儀式として認められているのだ。客はわざわざ買い物をする必要がなく,結婚するカップルはスープ鍋ばかり37個も集まって,スープをすくうおたまが1本もないことを心配せずにすむ。しかしそれでストレスがまったくなくなるわけではない。トゥエンジはある晩,婚約者とともに店の結婚式専門の店員とともに,リストに何を入れるか相談しているとき,そのことに気づいた。お皿はどのくらい飾りのついたものがいいか。どんな模様がいいか。カトラリーは銀かステンレスか。グレービーソース用の容器はどれがいいか。タオルの材質は何で,色は何がいいか。
 「それが終わることには,誰に何を言われても納得してしまいそうだったわ」と,彼女は研究室の同僚に語った。意志力が消耗するという経験は,あの夜に感じたようなことに違いないと思った。彼女ともう1人の心理学者は,このアイデアをどうにかして検証できないかと考えた。彼女たちは近くのデパートが閉店のためのクリアランスセールをしているのを思い出し,研究室の予算で買える品物をどっさり買い込んできた。豪華な結婚祝いのギフトではないが,大学生にはじゅうぶん魅力的なものだ。
 第1の実験では,テーブル一杯に置かれた品物を被験者に見せる。そして実験が終わったときに1つ持っていっていいと告げる。そして一部の被験者には,2つの品物を見せてどちらかを選ぶといいう選択を何度か繰り返してもらう。それで最終的にどれをもらえるかが決まる。ペンかキャンドルか。キャンドルならバニラの香りかアーモンドの香りか。キャンドルかTシャツか。黒いTシャツか赤いTシャツか。それと平行して対照群の実験を行なうが,その被験者(ここでは非決定者と呼ぶ)は,同じくらいの時間,同じ品物を見て過ごすが,選択はしない。彼らはそれぞれの品物を評価し,過去6か月間にそれと同じようなものをどのくらい使ったかを報告する。その後,全員が自制心を測定する古典的なテストを受ける。手をできるだけ長く氷水に漬けておくというものだ。手を冷たい水の中にずっと入れておくには自制心が必要だ。すると前の実験で選択をした決定者のほうが,非決定者よりはるかに早く水から手を出した。数多くの選択をしたことで意志力が弱まったらしく,その影響が他の意思決定の場面で現れたのだ。

ロイ・バウマイスター&ジョン・ティアニー 渡会圭子(訳) (2013). WILLPOWER 意志力の科学 インターシフト pp.122-124
(Baumeister, R. F., & Tierney, J. (2011). Willpower: Rediscovering the Greatest Human Strength. London: Penguin Books.)

睡眠と倫理違反

ちかごろ行われたある研究で,上司に社員を評価してもらったところ,睡眠をじゅうぶんにとっていない社員はきちんと寝ている社員に比べ,職場で倫理に反する行為をする傾向があることがわかった。たとえば睡眠不足の社員はそうでない社員よりも,他人のした仕事を自分の手柄にすることが多かった。研究室の実験でも,学生を対象に賞金のかかったテストを行なうと,睡眠不足の学生は,チャンスがあれば「ずる」をする傾向があった。睡眠不足は心身にさまざまな悪影響を与えるものだが,そういった種々の影響にかくれて,自己コントロール能力を低下させ,意思決定などのプロセスにも影響を与えるのだ。意志力を最大限に活用するためには,じゅうぶんな睡眠時間を確保することに意志力を使わなければいけない。一晩ぐっすり眠れば,より正しくふるまえるようになる。そのうえ次の日の寝つきもよくなるのだ。

ロイ・バウマイスター&ジョン・ティアニー 渡会圭子(訳) (2013). WILLPOWER 意志力の科学 インターシフト pp.84
(Baumeister, R. F., & Tierney, J. (2011). Willpower: Rediscovering the Greatest Human Strength. London: Penguin Books.)

内なる悪魔

悪魔には,食べ物を与えること——悪魔といっても,魔王ベルゼブブのような悪魔のことではない。あなたやそばにいる人の中にひそむ,内なる悪魔のことだ。グルコースが不足すると,最高に魅力的な相手もモンスターに変身しかねない。朝食をきちんと取れという古くからの忠告は,朝だけでなく1日中あてはまるもので,体や心のストレスが多い日は特に重要になる。グルコース不足の状態で試験や大切な会合や重要な仕事に挑んではいけない。昼食後4時間もたってから上司と議論を始めてはいけない。ディナーの前に,恋人や妻や夫と深刻な問題を話し合ってはいけない。ヨーロッパでロマンチックなドライブ旅行をするなら,城壁で囲まれた中世の街へ午後7時に空腹で入って,予約したホテルを見つけようとしてはいけない。玉石が敷かれた迷路のような町を車は無事に抜けられるだろうか。恋人との関係は無事ではすまないかもしれない。

ロイ・バウマイスター&ジョン・ティアニー 渡会圭子(訳) (2013). WILLPOWER 意志力の科学 インターシフト pp.80-81
(Baumeister, R. F., & Tierney, J. (2011). Willpower: Rediscovering the Greatest Human Strength. London: Penguin Books.)

耐糖能異常

この件に関して,フィンランドの研究者が優れた研究を行なっている。刑務所で出所間近の受刑者の耐糖能(グルコースの処理能力の指標)を測り,どの受刑者が出所後にまた罪を犯すか調べたのだ。当然ながら,もと受刑者が更生できるかどうかは,周囲からのプレッシャーや結婚,職につける見通し,薬物の使用など,多くの要因に左右される。だが,どの受刑者が再び暴力的な犯罪に手を染めるか,耐糖能のテストの結果だけから80パーセント以上の精度で予想することができた。犯罪を繰り返す受刑者たちは,どうやら耐糖能異常という病気で,食べ物を体のエネルギーに変える働きに問題があり,そのせいで自己コントロール能力が低くなっているらしい。この病気になると,食べ物をグルコースに変えることはできるが,それが血流にのって体内を循環しても吸収されず,血中のグルコースが過剰になりやすい。それはよいことに思えるかもしれないが,この状態は,焚き木がたくさんあるのにマッチがないようなものなのだ。グルコースは脳や筋肉の活動に活かされることなく無駄に体内を巡る。そしてこの量が一定以上高いレベルになると,糖尿病と診断される。

ロイ・バウマイスター&ジョン・ティアニー 渡会圭子(訳) (2013). WILLPOWER 意志力の科学 インターシフト pp.64-65
(Baumeister, R. F., & Tierney, J. (2011). Willpower: Rediscovering the Greatest Human Strength. London: Penguin Books.)

パフォーマンス・コントロール

4つ目はパフォーマンス・コントロールと呼ばれるもので,そのとき取り組んでいる作業にエネルギーを集中させ,適正なスピードと正確さの組み合わせを探って時間を管理し,作業をやめたいと思ってもやり通す能力のことだ。

ロイ・バウマイスター&ジョン・ティアニー 渡会圭子(訳) (2013). WILLPOWER 意志力の科学 インターシフト pp.54
(Baumeister, R. F., & Tierney, J. (2011). Willpower: Rediscovering the Greatest Human Strength. London: Penguin Books.)

衝動コントロール

3つ目は衝動のコントロールと呼ばれるもので,意志力と聞いたときに大方の人が思い浮かべるのがこのカテゴリーだ。アルコールの誘惑や,たばこやシナモンロールやバーのウェイトレスの誘惑に逆らう能力がこれにあたる。「衝動のコントロール」という呼び方は厳密に言うと正しくない。人が実際にコントロールできるのは衝動ではないからだ。オバマ大統領ほど並外れて自制心のある人物でさえ,たばこを吸いたいという衝動が時々わくのを抑えることはできない。その衝動に対してできるのは,対応の仕方をコントロールすることだ。オバマ大統領の場合は衝動を無視したのだろうか?それともニコチンガムを噛んで我慢するか,こっそり抜けだしてたばこを吸ったのだろうか?(ホワイトハウスによると,大統領はふだんタバコを吸うのを我慢していたが,吸ってしまうこともあったという)

ロイ・バウマイスター&ジョン・ティアニー 渡会圭子(訳) (2013). WILLPOWER 意志力の科学 インターシフト pp.53-54
(Baumeister, R. F., & Tierney, J. (2011). Willpower: Rediscovering the Greatest Human Strength. London: Penguin Books.)

感情制御

2つ目は感情のコントロールだ。特に気分や機嫌についてコントロールすることを,心理学では「感情制御」と呼ぶ。人はふつう不機嫌な状態や不愉快な考えを避けようとするが,ごくまれに楽しい気分を避ける場合もあるし(葬儀の支度をするときや,悪い知らせを伝えるとき),怒りを維持しようとすることもある(苦情を申し立てるのにふさわしい心理状態でいたいとき)。感情のコントロールには特有の難しさがあるが,それは一般的に,意志力で感情を変えることが難しいためだ。人は自分の考えや行動は変えられても,無理強いされて幸せな気持ちにはなれない。義父母に礼儀正しく接することはできても,彼らの1か月の滞在を喜ぶよう自分に強いることはできない。人は悲しみや怒りの感情を避けるため,他のことを考えて気をそらせたり,ジムで運動したり,瞑想したりという間接的な方法をとる。テレビ番組に夢中になったり,チョコレートを大食いしたり,買い物三昧で気をまぎらわせる。そうでなければ,酒を飲んで酔っぱらう。

ロイ・バウマイスター&ジョン・ティアニー 渡会圭子(訳) (2013). WILLPOWER 意志力の科学 インターシフト pp.53
(Baumeister, R. F., & Tierney, J. (2011). Willpower: Rediscovering the Greatest Human Strength. London: Penguin Books.)

消耗のサイン

だが現在では,バウマイスターらが新たに行った実験のおかげで,人は自我が消耗したときにあるサインを出すことがわかっている。バウマイスターが長年の共同研究者であるミネソタ大学の心理学者キャサリン・ヴォス率いる研究チームとともに行ったその実験では,被験者を(またしても)自我消耗の状態にしたところ,感情にはっきりした変化は現れなかったが,すべてのことに対する反応が強くなったというのだ。自我が消耗した人は,そうでない人に比べて,悲しい映画を見るとより悲しく感じ,楽しい絵を見るとより楽しい気持ちになり,物騒な絵を見るとより恐怖を感じて動揺し,冷たい氷水をより苦痛に感じたという。感情だけでなく欲望も強く感じるようになり,クッキーを1つ食べたあとに,もう1つどうしても食べたくなり,可能なら実際に追加のクッキーを食べた。またラッピングされた箱を見ると,開けてみたいという特に強い欲求を感じたという。

ロイ・バウマイスター&ジョン・ティアニー 渡会圭子(訳) (2013). WILLPOWER 意志力の科学 インターシフト pp.44
(Baumeister, R. F., & Tierney, J. (2011). Willpower: Rediscovering the Greatest Human Strength. London: Penguin Books.)

自我消耗

それでも自己に関するフロイトのエネルギーモデルには見るべきものがあった。芸術家村内での男女関係を説明するには,たしかにエネルギーは本質的な要素なのだから。性的衝動を抑制するにも創作活動を行なうにも,エネルギーが必要だ。創作活動にエネルギーを注げば,リビドー(性的衝動)を抑えるためのエネルギーは減ってしまう。フロイトはこのエネルギーの出処とそれがどう働くかについては明言していないが,少なくとも彼の提唱する説の中ではエネルギーが重要な位置に置かれていた。バウマイスターはこの洞察に敬意を表して,フロイトが使っていた自己を指す用語「自我(エゴ)」を使うことに決めた。こうして生まれたのがバウマイスターの造語である「自我消耗」で,これは人の思考や感情や行動を規制する能力が減る現象を指す。人は精神的疲労に勝てることもあるが,意志力を発揮したり決断を下したり(これも自我消耗の一種で,のちに述べる)することでエネルギーを使い果たせば,やがて誘惑に負けてしまう。自我消耗によって人のさまざまな行動を説明できることがわかると,この用語は何千本もの科学論文で使用されるようになった。

ロイ・バウマイスター&ジョン・ティアニー 渡会圭子(訳) (2013). WILLPOWER 意志力の科学 インターシフト pp.41
(Baumeister, R. F., & Tierney, J. (2011). Willpower: Rediscovering the Greatest Human Strength. London: Penguin Books.)

方法を見つける

心理学の世界では,理論というのはどれほどすばらしくても重くは見られない。アイデアのおかげで進歩すると思われがちだが,たいていの場合はそうではない。新しいアイデアを考えつくのは難しくない。人がなぜある行動をとるのか,誰もがそれを説明するお気に入りの説を持っている。だから心理学者は新しい説を思いついても,たいてい「あら,そんなことならうちのおばあちゃんだって知ってるわ」というセリフとともに却下されることになる。科学は新しい学説のおかげではなく,それを検証するうまい方法を見つけた誰かのおかげで進歩するのだ。

ロイ・バウマイスター&ジョン・ティアニー 渡会圭子(訳) (2013). WILLPOWER 意志力の科学 インターシフト pp.19
(Baumeister, R. F., & Tierney, J. (2011). Willpower: Rediscovering the Greatest Human Strength. London: Penguin Books.)

自我は闘う

フロイト理論の大部分が実験心理学者に受け入れられていないことは,すでにいろいろと話してきたとおりだが,今日,フロイト派のセラピストと実験心理学者とのあいだで一致している点がある。「自我は自らの面目を守るために激しく戦っている」という考え方だ。この意見の一致を見たのは,比較的最近のことである。
 実験心理学者は何十年ものあいだ,人間は超然とした観察者として,さまざまな出来事を評価し,理性を使って真理を発見し,社会の本質を解き明かす存在であると考えていた。また人間は,自分自身に関するデータを集め,総じて正確で優れた理論に基づいて自己象を組み立てるとされていた。この従来の見方によれば,健全な人間は自己をいわば科学する存在であると考えられ,それに対し,思い違いによって自己像が曇っている人は,精神疾患に,まだかかってはいないとしてもかかりやすいとみなされていた。しかし今日では,その真逆のほうが真実に近いことが明らかとなっている。学生,教授,工学者,中佐,医師,経営者など,正常で健全な人は,たとえ実際とは違っていても,自分は単に有能なだけでなく敏腕でさえあると考えがちである。

レナード・ムロディナウ 水谷淳(訳) (2013). しらずしらず:あなたの9割を支配する「無意識」を科学する ダイヤモンド社 pp.300-301

いつも作話

「作話」という言葉は,記憶の空白を,真実であると信じる嘘の話で埋め合わせることを指す場合が多い。しかし人間は,自分の感情に関する知識の空白を埋めるためにも,作話をおこなう。誰もがそうした性向を持っている。わたしたちは自分自身や友人に対して,「なぜあの車に乗っているのか」「なぜあの男が好きなのか」「なぜあのジョークに笑ったのか」といった問いかけをする。研究によれば,わたしたちは,そうした問いかけに対する答えを自分でわかっていると考えるものだが,実際にはわかっていないことが多い。自分の考えを説明するように言われると,ある種の内省のように感じながら真実を探す。しかし,自分が何を感じているのかがわかっていると考えていながら,その内容も,その無意識の源も,わかっていないことが多い。そこで,真実ではない,あるいは一部しか正確ではないが,もっともらしい説明を考えだすのだ。

レナード・ムロディナウ 水谷淳(訳) (2013). しらずしらず:あなたの9割を支配する「無意識」を科学する ダイヤモンド社 pp.285-286

気づきはしない

人間が知覚する世界は人為的に構築されたものであって,その特性や性質は,実際のデータの産物であるとともに,無意識の精神的な情報処理の結果でもある。自然は,わたしたちが情報の欠落を克服できるようにと,知覚した事柄に気づく前に,無意識のレベルでその不完全さを修正するような脳を与えてくれた。脳はその作業をすべて,子供用高椅子に座って瓶詰めのこしあんをほおばったり,大人になってソファでビールを味わったりしながら,意識的な努力をせずにおこなう。人間は,無意識の心がつくりだした視覚を,何の疑問も持たずに受け入れる。また,それが単なる1つの解釈でしかなく,生存確率を最大限に高めるようつくられていながら,あらゆるケースでもっとも正確な描像ではないことにも,気づきはしない。

レナード・ムロディナウ 水谷淳(訳) (2013). しらずしらず:あなたの9割を支配する「無意識」を科学する ダイヤモンド社 pp.67

2人の教皇

1879年,同じくドイツ人心理学者のヴィルヘルム・ヴントが,ザクセン王国の教育省に,世界初の心理学研究室を設立する資金を請願した。要求は却下されたが,ともかくヴントは,すでに1875年から非公式に使っていた小さな教室に研究室を立ち上げた。同じ年,ハーバード大学の医学博士で,教授として比較解剖学と生理学を教えていたウィリアム・ジェームズが,「生理学と心理学との関係」という新たな科目を教えはじめた。また,ローレンスホールの2つの地下室に非公式の心理学研究室を立ち上げ,1891年にはハーバード心理学研究所として正式な地位を得た。
 ベルリンのある新聞は,2人の先駆的な取り組みを評価して,ヴントを「旧世界の心理学の教皇」,ジェームズを「新世界の心理学の教皇」と呼んだ。2人の実験的研究や,ヴェーバーに触発された人たちの研究を通じて,心理学は遂に科学的な足場を獲得した。こうして誕生した分野は「新心理学」と呼ばれ,しばらくのあいだ,科学でもっとも話題の分野だった。

レナード・ムロディナウ 水谷淳(訳) (2013). しらずしらず:あなたの9割を支配する「無意識」を科学する ダイヤモンド社 pp.38-39

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