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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「その他心理学」の記事一覧

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驚いた時には

 人の心理は面白いものだ。トリックに驚くと,人は“普通ではあり得ないようなことを体験した”という魅惑的な思い違いをする。自分は騙されているに違いないという内心の知識よりも驚きの感情のほうがずっと大きく,抵抗できないのだ。実際,自分の驚きがあまりにも広がってしまい,騙されたという知識など取るに足らないことになってしまうのである。それどころか,見事に騙してくれた相手に称賛の気持ちすら覚える。当惑と同様,驚嘆は暗示にかかりやすくなっている状態であり,キツネにつままれた状態の観客はマジシャンに与えられたあらゆる暗示を即座に受け入れるだろう。すべては,マジシャンのテクニックがよりいっそうあり得ないものに見えるよう計算されているのだ。騙された客たちは,トリックが,いかに素晴らしいものだったかを確固たるものにするために,どんなことでもしてくれる。

ダレン・ブラウン メンタリストDaiGo(訳) (2013). メンタリズムの罠 扶桑社 pp.55

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計画の錯誤

 課題をやり遂げるまでに要する時間を想定するときはとりわけ,過度の楽観主義に陥りやすい。心理学の世界では,この落とし穴を「計画の錯誤」と呼ぶ。ごくありきたりの課題を終わらせるまでにどれだけ時間がかかるのかさえ,ほとんどの人は正確に予測できない。家族にクリスマスプレゼントを買うにせよ,取引先に電話をかけるにせよ,レポートを完成させるにせよ,たいてい思っていたより時間がかかる。私自身,いまこの章の原稿を推敲しているが,こんなに締め切りぎりぎりまで作業が終わらないとは想定していなかった。
 計画の錯誤に陥ることが避けがたいのは,誤った先入観が私たちの記憶に埋め込まれているせいだ。私たちは未来の課題の所要時間を予測するとき,過去に同様の課題に要した時間を思い返す。しかしその際,過去の所要時間を実際より短く考え,課題達成の過程でつぎ込んだ努力と直面した障害を軽く考えてしまう。この計算違いにより,先延ばしの弊害にますます拍車がかかる。締め切りから逆算してぎりぎり間に合う時間に作業を始めたつもりが,残された時間では十分でなかった,という結果になりかねない。

ピアーズ・スティール 池村千秋(訳) (2012). 人はなぜ先延ばしをしてしまうのか 阪急コミュニケーションズ pp.165

追い込まれたほうがアイデアが浮かぶ気になる理由

 仕事を先延ばしする人が最もよく口にする言い訳は,「追い込まれたほうがいいアイデアが浮かぶんですよ」というものだ。そう感じる理由は,非常にはっきりしている。締め切り間際にならないと仕事に手をつけないとすれば,もっぱら締め切り直前にアイデアが生まれるのは当たり前のことだ。
 しかし,土壇場で生まれるアイデアは,早い段階から取りかかる場合より質も量も劣る。厳しいスケジュールのもと,強いプレッシャーがかかる状況では,概して人間の創造性が低下するからだ。締め切り前夜に突貫工事で課題に取り組み,目がしょぼしょぼしてきた午前3時に思いついたアイデアは,たいてい平凡で,ぱっとしない。画期的なアイデアとは,一般的に,念入りな準備の上に花開くもの。骨折って題材への理解を深めたうえで,時間をかけてアイデアを「孵化」させる必要があるのだ。

ピアーズ・スティール 池村千秋(訳) (2012). 人はなぜ先延ばしをしてしまうのか 阪急コミュニケーションズ pp.123

当たり前

 消費者行動論が専門のコーネル大学のブライアン・ワンシンク教授の研究によれば,食に関する私達の選択はおおむね,空腹の程度とはあまり関係がなく,食器のサイズや目の前にある食べ物の量,食べ物の見栄えなどの外的状況の影響を強く受ける。ワンシンクはノーベル賞のパロディ版「イグノーベル賞」を受賞した研究で,被験者に内緒で中身を注ぎ足せる仕組みのスープ皿を考案して実験をおこなった。すると,この「減らないスープ皿」で食べた被験者は,ふつうのスープ皿で食べた被験者に比べて,食事を終わりにするまでに飲んだスープの量が76%も多かった。
 私たちの日々の行動の約45%は,「スープは1皿分すべて飲むものである」といった類の習慣に基づく行動によって占められている。この割合をさらに高める目的で,人びとがある行動を取りやすい状況をつくり出したり,ある場面である行動を取るのが当たり前だと人々に思い込ませたりすることが,大きなビジネスになっている。

ピアーズ・スティール 池村千秋(訳) (2012). 人はなぜ先延ばしをしてしまうのか 阪急コミュニケーションズ pp.112-113

無駄な動き

 人間は何かの行為をするときに,必ず無駄な動きが入る。たとえばコップをつかもうとするときに,最初からきちんとコップをつかむのではなく,手前で躊躇したり,一呼吸置いたりといった行為が挿入される。こういった無駄な動きを,認知心理学の世界ではマイクロスリップと呼ぶそうだ。
 すぐれた俳優もまた,この無駄な動き,マイクロスリップを,演技の中に適切に入れている。要するに私たちが,「あの俳優はうまい,あの俳優はへただ」と感じる要素の1つに,この無駄な動きの挿入の度合い(量とタイミング)があるということがわかってきた。この無駄な動きは,多すぎても少なすぎてもいけない。うまい(と言われる)俳優は,これを無意識にコントロールしているのだろう。
 人間は誰しも,演技をしようとすれば緊張する。この緊張が,マイクロスリップを過度にしたり,あるいはマイクロスリップを消してしまうことになる。
 もう1点,研究の過程でわかってきたことは,この無駄な動きは,練習を繰り返すうちに少なくなっていく(埋没していく)という点だ。だから演劇の場合,稽古を続けていると演出家から,「なんだか最初の頃の方がよかったなぁ」と言われることがままある。
 プロの俳優は,同じ舞台を50回,100回とこなさなければならない。しかし演技を続ければ続けるほど,動作は安定するが,そこから無駄な動きがそぎ落とされ,結果として新鮮味が薄れていく。もちろん,こういった演技の摩耗から逃れられる人もいる。世間は,それを「天才」と呼ぶ。

平田オリザ (2012). わかりあえないことから:コミュニケーション能力とは何か 講談社 555-564/2130(Kindle)

プロフェッショナリズム

 どの専門職にもプロフェッショナリズムというものがある。その職務の理念と義務をまとめた,行動の規範だ。どこかに書かれている時もあるが,共通意識として存在しているだけの場合もある。いずれにしろ,プロフェッショナリズムには3つの要素が必ず含まれている。
 第1に無私であること。医師,弁護士,教師,公務員,兵士,パイロットなど,どの職業であれ,他人から責任を預かる者は,自分の利益よりも頼ってくる者の問題や心情を考えるべきだ。第2に腕があること。技術と知識を日々研鑽することが求められている。第3に信用に足ること。自分の職務に誠実な態度で臨む必要がある。
 航空業界の人々は,そこに4つ目を加えた。規律だ。よくできた手順には絶対に従うこと。必ず他者と協力しあうこと。医療を含む,他の多くの業種では考えられないようなことだ。医療では自主性こそがプロの証だと考えられているが,自主性は規律の対極にある。だが,大きな病院,何人もの医者,リスクの大きい治療法,そして1人ではとても習得しきれない膨大な量の知識を要する現代医療では,個人の判断に任せるのは愚策だ。古い価値観にしがみついていては良い医療は提供できない。時々思い出したように「仲良く協力しあいましょう」といっているようでは駄目なのだ。本当に必要なのは,絶対に協力しあうという決まりを作り,常にそれに忠実であることだ。

アトゥール・ガワンデ 吉田 竜(訳) (2011). アナタはなぜチェックリスト使わないのか?:重大な局面で“正しい決断”をする方法 晋遊舎 pp.209-210

後知恵の排除

 あなたが何らかの選択をするとき,「後悔するかもしれない」という予見に強く影響されるのは,妥当と言えるだろうか。人間が後悔しやすいのは避けがたい人生の現実なのだから,賢く付き合っていかなければならない。もしあなたが十分に裕福で用心深い投資家なら,たとえ資産を最大限に増やせはしないとしても,後悔の可能性を最小限に抑えるポートフォリオを構築する贅沢を選べるだろう。
 また,起こりうる後悔に対して先手を打っておく方法もある。おそらくいちばん効果的なのは,予想される後悔をあらかじめ書き出しておくことだ。そうすれば,悪い結果になったとき,自分は決定する前にちゃんとその可能性を考えておいたのだと思い出し,あまり後悔に苛まれずにすむはずだ。また,後悔は後知恵バイアスとセットになっていることが多いので,あらかじめ後知恵を排除しておくとよい。私自身は後知恵対策として,長期的な結果を伴う決定を下す際には,徹底的に考え抜くか,でなければごくいい加減にざっくりと決めるか,どちらかにしている。中途半端に考えるのがいちばんよくない。ことが起きてから,「あのときもう少し考えればもっといい決断を下せたのに」ということになる。

ダニエル・カーネマン 村井章子(訳) (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるのか(下) pp.177-178

組み合わせると

 次の2つの決定を同時に行うとしよう。まずそれぞれの選択肢をすべて読んでから,あなたの決断を下してほしい。

 決定1 次のいずれかを選んでください。
 A 確実に240ドルもらう。
 B 25%の確率で1000ドルもらえるが,75%の確率で何ももらえない。

 決定2 次のいずれかを選んでください
 C 確実に750ドル失う。
 D 75%の確率で1000ドル払うが,25%の確率で何も失われない。

 この1組の選択問題はプロスペクト理論の歴史で重要な位置を占めており,合理性について新しい見方を示してくれる。2つの問題をざっと読んだとき,あなたはおそらく確実な選択肢(AとC)に反応し,AはいいがCはいやだと思っただろう。「確実な利得」と「確実な損失」に対する感情的な評価は,システム1の自動反応に根ざしている。その後に多少頭を使って,2番目の選択肢について期待値の計算を行う(ときもある)。ちなみに期待値は,Bはプラス250ドル,Dはマイナス750ドルである。ほとんどの人の選択はシステム1の好みに従うので,ここでBよりA,CよりDが選ばれることになる。各律の設定を変えて行われた他の多くの選択課題でも,回答者は得をする場面ではリスク回避型に,損をする場面ではリスク追求型になりやすいことが確かめられた。エイモスと私が最初に行った実験では,回答者の73%が決定1ではA,決定2ではDを選び,BとCの組み合わせにした人はわずか3%にすぎなかった。
 あなたは選択肢を全部読んでから選ぶように言われ,ちゃんとそうしたにちがいない。だがあなたは,ある1つのことはまず確実にやらなかったはずだ。それは,選択肢の4通りの組み合わせ(AとC,AとD,BとC,BとD)について,起こりうる結果を計算してみてから,最も気に入った組み合わせに決めることである。たしかに,2つの決定を別々に扱うのは直感的でわかりやすいし,それで何か不利になると考えるべき理由もない。しかも2問の組み合わせを考えるとなれば,結構頭を使わなければならず,紙と鉛筆も必要だ。というわけで,あなたはやらなかった。
 では今度は,次の問題を考えてほしい。

 AD 25%の確率で240ドルもらえ,75%の確率で460ドル失う。
 BC 25%の確率で250ドルもらえ,75%の確率で750ドル失う。

 この選択はやさしい。BCのほうが断然よいに決まっている(もう少し専門的に言うなら,一方の選択肢は無条件に他方を上回る)。しかしあなたはもう気づいているだろう——このBCという選択肢は,最初の2組の問題ではまったく人気のなかった組み合わせである。もう一度繰り返すが,最初の実験では回答者の3%しかBCを選ばなかった。一方ADのほうは,回答者の73%が選んでいる。

ダニエル・カーネマン 村井章子(訳) (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるのか(下) pp.151-153

分母無私

 リスクの伝え方次第で受け止め方に大きな差が出る理由も,分母の無視で説明できる。致死性の伝染病から子供を守るワクチンについて「永久麻痺のリスクが0.001%ある」という文章を読んだとき,あなたはきっと,リスクは小さいと感じるだろう。では同じワクチンについて「摂取した子供の10万人1人は永久麻痺になる恐れがある」という文章ならどうだろうか。この場合,最初の文章では起きなかった何かがあなたの頭の中で起きる。ワクチン接種によって生涯麻痺の残った子供のイメージが浮かび上がるのである。そして,無事だった9万9999人は霞んでしまう。分母の無視から予想できるように,相対的な頻度(○○人に○人,○○回に○回など)で表現するほうが,抽象的な「確率」「可能性」「リスク」などの言葉を使ったときより,確率の低い事象が過大に重みづけされる。すでに述べたように,システム1は全体より個を扱うほうが得意だからである。

ダニエル・カーネマン 村井章子(訳) (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるのか(下) pp.143-144

過大評価

 めったにない出来事が起きる確率は,それ以外の出来事が特定されていない場合に,とりわけ過大評価されやすい。ここで私のお気に入りの事例を紹介しよう。心理学者のクレイグ・フォックスが,まだエイモスの学生だった頃に行った調査である。フォックスはプロバスケットボール・ファンを回答者に募り,NBAのプレーオフでどこが勝つか質問した。正確には,参加8チームそれぞれについて優勝の可能性を予測してもらった。この場合,各チームの勝利が関心事象となる。
 読者はもうどんな結果が出たか,おおよそのところは予想がついていることだろう。だが実際の結果の極端ぶりを見たらきっと驚くにちがいない。たとえばあるファンが,シカゴ・ブルズが優勝する可能性を質問されたとしよう。質問された瞬間に関心事象は定まるが,それ以外の事象は残り7チームのいずれかの優勝ということになり,注意の対象が分散し,イメージが湧きにくい。するとこのファンの記憶と想像力は確証モードで作動し始め,ブルズ優勝のシナリオを組み立てようとする。ところが,この同じ人が次にロサンゼルス・レイカーズが優勝する可能性を質問されると,やはり先ほどと同じことが起きる。かくして8チームどこも優勝の可能性がむやみに高くなり,比較的弱そうだと思っていたチームでさえ,輝かしいチャンピオンとしてイメージされる。結果,この人が予想した各チームの優勝確率を足し合わせると,なんと240%になってしまった。もちろん,こんな予想はまるででたらめである。8チームの優勝確率は,必ず100%にならなければならない。8チームそれぞれの優勝確率ではなく,イースタン・カンファレンスとウェスタン・カンファレンスの優勝確率を質問した場合には,このようなばかげた結果にはならない。関心事象とそれ以外の事象が特定されているので(カンファレンスは2つしかない),予想確率を合計するとちゃんと100%になった。

ダニエル・カーネマン 村井章子(訳) (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるのか(下) pp.137-138

危険優先

 ある実験によれば,怒った顔は大勢のニコニコ顔の中から「飛び出して見える」という。一方,大勢の怒った顔に混じった1つのニコニコ顔は,見つけるのが難しい。人間に限らず動物の脳には,悪いニュースを優先的に処理するメカニズムが組み込まれているからだ。捕食者を感知するのにほんの100分の数秒しか要さないこのメカニズムのおかげで,動物は子どもを産むまで生き延びることができる。システム1の自動作動は,こうした進化の歴史を反映していると言えよう。一方,よいニュースに関しはこのようなメカニズムは存在しない。言うまでもなく,人間も動物も異性や餌を獲得するチャンスには敏感に反応するし,広告や看板はそうした性質を利用して制作されている。それでもなお,危険は好機より優先されるし,またそうあるべきだ。

ダニエル・カーネマン 村井章子(訳) (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるのか(下) pp.103-104

死亡前死因分析

 組織であれば,楽観主義をうまく抑えられるかもしれない。また個人の集団よりは1人の個人のほうが抑えやすいだろう。そのために一番よいと考えられるのは,私の「敵対的な共同研究者」ゲーリー・クラインが考えだした方法である。やり方は簡単で,何か重要な決定に立ち至ったとき,まだそれを正式に公表しないうちに,その決定をよく知っている人たちに集まってもらう。そして,「いまが1年後だと想像してください。私たちは,さきほど決めた計画を実行しました。すると大失敗に終わりました。どんなふうに失敗したのか,5〜10分でその経過を簡単にまとめてください」と頼む。クラインはこの方法を「死亡前死因分析(premortem)」と名付けている。
 クラインのこのアイデアには,たいていの人が感嘆する。ダボス会議の場で私がこれを話題にしたところ,後ろにいた誰かが「これを聞いただけでもダボスに来た甲斐があった」と呟いたものである(あとになって,その人は国際的な大企業のCEOであることがわかった)。死亡前死因分析には,大きなメリットが2つある。1つは,決定の方向性がはっきりしてくると多くのチームは集団思考に陥りがちになるが,それを克服できることである。もう1つは,事情をよく知っている人の想像力を望ましい方向に解放できることである。

ダニエル・カーネマン 村井章子(訳) (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるのか(下) pp.52-53

楽天家の役割

 楽観主義はごくありふれた傾向だが,一部の恵まれた人は,図抜けて楽天的である。生まれながらにして楽観バイアスを授かっている人は,「あなたは運がいい」と周りから言われる必要はないだろう。なぜなら,本人がすでにそう思っているからだ。楽天的な性格の多くは親から受け継いだもので,幸運になりやすい気質の一部であり,いつもものごとのよい面を見ようとする傾向を備えている。もしあなたが自分の子供のために1つだけ願いを許されるとしたら,楽天的な性格を授けてもらうことを真剣に考えるべきだろう。楽天的な人は一般に陽気で楽しく,したがって人気者である。失敗しても立ち直りが早く,困難に直面してもへこたれない。こういう人が鬱病になる可能性は低く,免疫システムは強靭だ。めったに病気はせず,自分は他人より健康だと感じており,そして実際に長生きする傾向にある。保険数理にもとづく合理的な予想以上に自分の余命を長く見積もる人を対象に,調査を行ったところ,こうした人たちは長時間働き,将来の所得について楽観的で,離婚後に再婚する確率が高く(つまり不幸な経験に希望が打ち克つ),これと見込んだ株に賭ける傾向が強いことが明らかになった。言うまでもなく,楽天的な性格のこうしたよさが発揮されるのは,楽観主義がいきすぎでない人,すなわち現実を見失うことなくプラス思考になれる人に限られる。
 楽天家が私たちの生活で果たす役割は,ふつうの人と比べてはるかに大きい。彼らの決定は大きな変化をもたらす。彼らは発明家であり,起業家であり,政治や軍の指導者であって,そこらの人間とはちがう。彼らがその地位に就いたのは,自ら困難を探し,リスクをとったからである。彼らは才能があり,しかも幸運だった——まず確実に,本人が思っている以上に運に恵まれていた。この人たちが何事にも楽観的なのは,おそらくは性格に由来する。小さな企業の創業者を対象に行われたある調査では,起業家は人生全般について,中間管理職よりも楽天的であることが判明した。彼らは成功体験を通じて,自分の判断やものごとをコントロールする能力に自信を深める。その自信は,周囲からの」賞賛によって一段と強まる。以上の点から,次の仮説を導き出すことができる。多くの人の生活に多大な影響力をおよぼす人たちは,楽天的かつ自信過剰である可能性が高い。また,自覚している以上に多くのリスクをとる。

ダニエル・カーネマン 村井章子(訳) (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるのか(下) pp.39-40

楽観視

 リスクを伴うプロジェクトの結果を予想するときに,意思決定者はあっけなく計画の錯誤を犯す。錯誤にとらわれると,利益,コスト,確率を合理的に勘案せず,非現実的な楽観主義に基づいて決定を下すことになる。利益や恩恵を過大評価してコストを過小評価し,成功のシナリオばかり思い描いて,ミスや計算ちがいの可能性は見落とす。その結果,客観的に見れば予算内あるいは納期内に収まりそうもないプロジェクト,予想利益を達成できそうもないプロジェクト,それどころか完成もおぼつかないプロジェクトに邁進することになってしまう。
 このように考えると,リスクの大きなプロジェクトを前にした意思決定者が,必ずとは言えないまでもしばしばゴーサインを出すのは,成功の確率を過度に楽観視しているからだ,と言うことができる。

ダニエル・カーネマン 村井章子(訳) (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるのか(下) pp.35

いつなら信用できるか

 長い旅路の末に,ゲーリー・クラインと私は,最初の質問である「経験豊富な専門家が主張する直感はどんなときなら信じてよいか」に対して答を出すことができた。私たちの結論は,有効である可能性の高い直感といんちきである可能性の高い直感を区別するのはほとんど場合に可能だ,というものである。美術作品を本物か偽物か判断するときと同じで,作品自体を見るよりもその出所来歴に注目するほうが,よい結果が得られることが多い。その直感が十分に規則性の備わった環境に関するものであって,判断をする人自身にその規則性を学習する機会があったのなら,連想マシンがすばやく状況を認識して正確な予想と意思決定を用意してくれるだろう。この条件が満たされているなら,あなたはその人の直感を信用してよい。

ダニエル・カーネマン 村井章子(訳) (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるのか(下) pp.20-21

専門家の直感

 規則性に乏しいどころか,もっと悪い環境もある。たとえばロビン・ホガースは,専門家が経験からまちがった教訓を引き出すような「悪質な」環境に言及している。ホガースが取り上げたのは,20世紀前半に医師の手本とされたルイス・トーマスである。トーマスは,腸チフスになりかかった患者をしばしば直感的に見分けることができた。そこで彼は自分の勘が当たっているか,患者の舌を触診して確かめようとした。しかし次の患者へ移るときに手を洗わなかったため,次々に腸チフス患者が発生する事態となる。かくして彼は,自分の臨床診断は絶対確実だという確信を持つに至った。なるほど彼の予測は正確だった——だがそれは,専門家の直感とはとうてい呼べない代物だった。

ダニエル・カーネマン 村井章子(訳) (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるのか(下) pp.17

判断の妥当性は

 主観的な自信は信用できないとしたら,直感的な判断のもっともらしい妥当性をどうやって評価すべきだろうか。そうした判断が本物の専門知識やスキルに裏付けられているのはどんな場合で,妥当性の錯覚を露呈しているのはどんな場合だろうか。答は,スキル習得の2つの基本条件から導き出すことができる。

・十分に予見可能な規則性を備えた環境であること。
・長期間にわたる訓練を通じてそうした規則性を学ぶ機会があること。

 この2つの条件をどちらも満たせるなら,直感はスキルとして習得できる可能性が高い。チェスは,規則性のある環境の代表例と言える。ブリッジやポーカーも明確な統計的規則性を備えており,こちらもスキルとして習得可能だ。医師,看護師,運動選手,消防士が置かれる環境は,複雑ではあるが,基本的には秩序がある。このように,ゲーリー・クラインが取り上げてきた精度の高い直感は,妥当性の高い手がかりに裏付けられている。こうした手がかりは,たとえシステム2が学習して名前をつけていなくても,システム1が学習して活用することが可能だ。これに対してファンドマネージャーや政治評論家が長期予想をする状況は,予測妥当性がゼロに等しい。彼らの予測がことごとく外れるのは,予想しようとする事象が基本的に予測不能であることを反映しているにすぎない。

ダニエル・カーネマン 村井章子(訳) (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるのか(下) pp.16-17

この方がまし

 たとえば,あなたの会社でセールスマンを採用するとしよう。あなたが真剣に最高の人材を雇いたいと考えているならば,やるべきことはこうだ。まず,この仕事で必須の適性(技術的な理解力,社交性,信頼性など)をいくつか決める。欲張ってはいけない。6項目がちょうどよい。あなたが選ぶ特性は,できるだけ互いに独立したものであることが望ましい。また,いくつかの事実確認質問によって,その特性を洗い出せるようなものがよい。次に,各項目について質問リストを作成し,採点方式を考える。5段階でもよいし,「その傾向が強い,弱い」といった評価方式でもよい。
 この準備にかかる時間はせいぜい30分かそこらだろう。このわずかな投資で,採用する人材のクオリティは大幅に向上するはずだ。ハロー効果を防ぐために,面接官は項目ごとに,つまり次の質問に進む前に評価させる。また,質問を飛ばしてはいけない。応募者の最終評価は,各項目の採点を合計して行う。あなたが最終決定者の場合,「目を閉じて」はいけない。合計点が最も高い応募者を採用すること。この点は,強く心に決めなければならない。ほかに気に入った応募者がいても,そちらを選んではいけない。順位を変えたくなる誘惑に,断固抵抗しなければいけないのである。
 膨大な量の研究は,こうした状況で現在一般に行われているやり方よりも,今説明した手順に従うほうが,最高の人材を選べる可能性がはるかに高いことを約束している。つまり,さしたる準備もなく面接を行い,「私は彼の目を見つめ,そこに現れている強い意志に感動した」といった直感に従って採用を決めるよりも,ずっとましだということである。

ダニエル・カーネマン (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるか?(上) 早川書房 pp.335-336

効果的な面接法

 そこで私は,面接官がいくつかの人格特性を評価し,それぞれに個別に点数をつける方式を採用した。面接官からのインプットはこの個別の点数だけで,戦闘任務の適性を示す最終スコアは,計算式に従ってコンピュータ処理する。私は戦闘部隊での行動に関係があると考えた6つの人格特性(責任感,社交性,誇りなど)のリストを作成し,それぞれについて一連の質問を準備した。招集前の生活における過去の事実を尋ねる質問で,たとえば就いた職業の数,職場および学校での遅刻や欠席・欠勤,友人と交際する頻度,スポーツに対する興味と参加の度合いなどである。その趣旨は,それぞれの分野で過去にどれだけうまくやってきたかをできるだけ客観的に評価することにあった。
 標準化された事実確認質問を行うに当たって,私はハロー効果を排除したいと考えた。ハロー効果は,第一印象がその後の判断に影響を与える現象である。ハロー効果を防ぐために,私は面接官に対し,6つの人格特性について決められた順序で質問すること,次の質問に移る前に5段階で採点することを指示した。そして,それ以上のことをしてはいけない。新兵が軍隊でどれだけうまくやっていけるかなど,彼の将来のことを考える必要はない,と私は面接官たちに伝えた。面接官の仕事は新兵の過去について必要な事実を聞き出し,その情報を項目ごとに採点することであって,それ以上でも以下でもない。「あなた方の任務は信頼性の高い採点を行うことだ。将来予測のほうは私が行う」と私は言ったが,その「私」というのは,面接官の採点を統合する数式のことだった。
 こう言うと,若くて頭のいい面接官たちは暴動寸前になった。自分とほとんど年のちがわない相手から命令されることが不快だったし,自分の直感を遮断して退屈な事実確認質問だけをするのも気に入らなかったからである。1人はこう不満をぶちまけた。「それでは私たちはロボットになってしまいます」。そこで私は妥協した。「面接は指示通りに確実に実行してください。そして最後に,あなた方の希望通りにしましょう。目を閉じて,兵士になった新兵を想像してください。そして5段階でスコアを付けてください」。
 新方式で数百回の面接が行われ,数カ月後に新兵が配属された各部隊の隊長から各人の実績評価を回収した。結果を見て私たちは大いに満足した。ミールの本が示したとおり,新しい面接方式が従来の方式よりはるかに正確に兵士の適性を予測していたからだ。もちろん完璧にはほど遠く,「まったく役立たず」から「いくらか役に立つ」へと進歩した,と言うのが適切だろう。
 私にとって大きな驚きだったのは,「目を閉じて」面接官が最後に行う直感的判断も,非常によい成績だったことである。実際,6項目の採点の計算処理と同じぐらいの精度だった。この発見から学んだ教訓を私はけっして忘れたことはない。選抜面接において直感を軽蔑するのは正しい。しかし直感が価値をもたらすこともある。ただしそれは,客観的な情報を厳密な方法で収集し,ルールを守って個別に評価した後に限られる,ということである。私は「目を閉じる」評価にも6項目評価と同じ重みを持たせた計算式を作成した。この件から学んだもっと一般的な教訓は,こうだ。自分の直感であれ他人の直感であれ,直感的判断を無条件に信用してはいけない。だが無視してもいけない,ということである。
 45年後,ノーベル経済学賞を受賞した私は,一時的にイスラエルでちょっとした有名人になった。一度同国を訪れたとき,誰かが私を懐かしの基地に案内してくれたものである。そこにはまだ新兵の面接を行う部隊があり,私は心理部隊の隊長に紹介された。彼女は現在の面接方式を説明してくれたが,それは私が設計したシステムとほとんど変わっていなかった。あれから何度も調査が行われたが,この方式は有効だということが確かめられたという。説明の最後に隊長はこう言った。「そして私たちは面接官にこう言います。目を閉じてください,と」

ダニエル・カーネマン (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるか?(上) 早川書房 pp.333-335

計算に任せろ

 以上の研究から,驚くべき結論が導かれる。すなわち,予測精度を最大限に高めるには,最終決定を計算式にまかせるほうがよい,ということだ。とりわけ,予測可能性が低い環境についてそう言える。たとえばメディカルスクールの入学試験では,教授陣が受験生と面接した後に合議により最終合格者を決める方式が多い。まだ断片的なデータしか集まっていないが,次のことは確実に言える。面接を実施して面接官が最終決定を下すやり方は,選抜の精度を下げる可能性が高いということである。というのも面接官は自分の直感に過剰な自信を持ち,印象を過大に重視してその他の情報を不当に軽視し,その結果として予測の妥当性を押し下げるからだ。同じように,まだ熟成がすんでいないワインから将来の品質を予測する専門家は,確実に予測精度を下げる情報源に頼っている。それは,ワインの試飲である。もちろん専門家なのだから天候がワインの品質におよぼす影響はよくわかっているだろうけれども,試飲してしまったあとでは,計算式のように首尾一貫して天候を考慮することはできない。

ダニエル・カーネマン (2012). ファスト&スロー:あなたの意思はどのように決まるか?(上) 早川書房 pp.326-327

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