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I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「生物学」の記事一覧

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人種分類の問題

 このような人種分類につきまとう問題は,各々の人種は互いに明確に異なった独立の存在であるという誤解を与えることだ。人種を定義する基準とされる身体形質には様々なものがあり,そのそれぞれに集団内でも大きな個人差が存在するので,実際には人種とはかなりとらえどころのないあいまいな概念である。さらにどこの地域でも,となり合う小集団間に見られる身体的違いは概して連続的で不明瞭なものであり——この違いの地理的連続性のことを専門用語でクライン(勾配)と呼んでいる——,その連続的な違いが積み重なって遠い集団どうしの違いが明瞭に認められるにすぎない。このため,人種分類が招く誤解と差別を嫌う現代の研究者たちの間には,「人種という生物学的実態のない言葉の使用を止めよう」という主張もある。しかし身体形質の地理的変異を把握することは,私たちが知るべき歴史の解明に役立つ。さらに身体形質に基づく人種分類を直視しなければ,これを人々の内面や知性と無理やり関連づけて差別を正当化させた過去の虚偽をあばけない。このため本書では,人種分類の不確定性を強調した上で,適宜伝統的な人種用語を使うことにした。

海部陽介 (2005). 人類がたどってきた道:“文化の多様化”の起源を探る 日本放送出版協会 pp.172
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能力はあったが

 この事実をどう解釈すべきなのだろうか。東ユーラシアの遺跡では,壁画も彫刻も保存が悪く,残らなかったのかもしれないし,この地域では,岩壁や石や骨ではなく,木の幹や自分の身体や地面に絵を描いていたのかもしれない。しかし本当にそうなのだろうか。もし実際に,東ユーラシアで絵や彫刻といった,芸術らしい芸術が行われていなかったとしたら,私たちは,認めたくないことを認めなくてはならなくなるのだろうか。すなわち,旧石器時代の東ユーラシア人の祖先は,芸術を創造する能力において,ヨーロッパ人の祖先より劣っていたと。
 しかし,現代人的な行動能力はアフリカの共通祖先において進化したことが明らかになってきた現在,そのような考えは短絡的であると自信をもって言える。おそらく東ユーラシアの祖先たちは,私たち現代人と同様の芸術創造力をもっていたが,その潜在能力を単に行使しなかったか,または遺物として残るようなかたちではそれを表現しなかったのだ。考えてみれば,新石器時代そして青銅器時代に入れば,独創的な芸術文化が突如として現れる。圧倒的な存在感を示す古代中国の青銅器文化,岡本太郎のアーティスト魂を震わせたというエネルギッシュな装飾をもつ日本の縄文土器……,まるで旧石器時代の静寂がうそであったかのようにである。ヨーロッパのクロマニョン人たちが盛んに芸術活動を行った背景には,むしろ特殊な環境要因があったのかもしれない。第5章で述べたように,一部の研究者たちは,ネアンデルタール人の存在が当初西アジアにいたクロマニョン人の社会に緊張をもたらし,芸術を含む上部旧石器文化の誕生を刺激したと考えている。
 絵や彫刻だけでなく,音楽,ダンス,詩など,芸術は,すべての現代人集団に普遍的なものである。このようなホモ・サピエンスの芸術を創造する能力は,きっとアフリカの共通祖先が備えていたものなのだろう。東アジアでの芸術活動の証拠は,確かに全部覚えてしまえるほどの数しかないが,存在したことは確かだ。そして新石器時代以降に,集団の大規模異動の証拠なしに各地で芸術文化が湧き起こったことは,旧石器時代の祖先たちが,私たち現代人と同様の芸術創造力を潜在的にもっていたことを示唆している。

海部陽介 (2005). 人類がたどってきた道:“文化の多様化”の起源を探る 日本放送出版協会 pp.168-169

孤島の人類

 さて,この原稿を執筆中の2004年の10月に,誰も予想していなかったとんでもないニュースが飛び込んできた。インドネシアのジャワ島からはるか東方の海上に浮かぶフローレス島から,身長1メートルほどの小型の人類の化石が発見されたというのである。オーストラリアのピーター・ブラウンらが化石の形態を吟味した結果,どうやらこの人類は,ジャワ原人が孤島に渡って矮小化してしまったものらしいことがわかった。孤島では大型動物が矮小化し,小型動物が大型化する傾向があることが知られている(これは食資源の乏しい環境で動物たちが適度な大きさに収斂する現象と理解できる)。フローレス島にも,体長1メートルほどに縮小してしまったゾウの仲間,ピグミー・ステゴドンがいた。おそらく原人も同じ進化の道を歩んだのだろう。この発見は,少なくとも次の3つの点で驚きであった。まずは原始的な人類がある程度の距離の海を渡って島へたどりついたという事実,そして人類の系統でここまで劇的な進化が生じたという事実,さらに化石の年代が2万1500年前とごく最近のものであった事実である。2万1500年前というと,私たちの祖先がこの地域に姿を現わし,オーストラリアにまで到達していたときである。ホモ・サピエンスは,フローレス島をこの時点まで発見できなかったのだろうか。両者は,ある時点で遭遇したのだろうか。何が起こったのか,今後の調査の進展に期待したい。ホモ・フローレシエンシスと名づけられたこの新種の人類の発見は,人類史の中の特異な出来事として特筆に値するものである。

海部陽介 (2005). 人類がたどってきた道:“文化の多様化”の起源を探る 日本放送出版協会 pp.150-151

サポートの記録

 部族内での個人間の関係はどうだったのであろうか。ネアンデルタール人たちが傷ついた仲間を介護していたという考えは,すっかり定説となっている。彼らの骨には多くの怪我の痕跡があるが,重傷なものでも治癒傾向の認められる場合が多い。つまり怪我してすぐに息を引き取ったのではなく,しばらくの間は生きていたのだ。有名なのは,イラクのシャニダール洞窟で見つかった男性だ。左眼は失明していたかもしれず,右腕の肘から先を失い,右足は引きずって歩くような状態であったにもかかわらず,この男性は40歳ぐらいと,ネアンデルタール人としては例外的に長生きをした。通常の野生動物であれば,こうはいかない。仲間からサポートを受けていたと考えるのが,最も自然である。ただしこのような仲間のサポートという行為は,もっと古く,彼らよりも100万年以上前の原人のころから存在していた可能性も示唆されている。

海部陽介 (2005). 人類がたどってきた道:“文化の多様化”の起源を探る 日本放送出版協会 pp.121-122

ネアンデルタール人はヨーロッパで

 今では,ネアンデルタール人はヨーロッパで進化した種であると,自信をもって言える状況となってきている。スペインのアタプエルカ,ドイツのハイデルベルグ,フランスのアラゴ,ギリシャのペトラロナなど見つかっている50万〜30万年前の化石に,部分的ながらもネアンデルタール人的特徴が認められるからである。
 ネアンデルタール人は,寒いヨーロッパの氷期を生き抜いた人類である。そして,彼らの身体特徴の一部は,寒さに適応した構造となっていた。彼らの大きな鼻は,乾燥した冷たい空気を吸い込むとき,鼻の内部の粘膜から適度な湿気を与えるのに都合がよかったと,一般に考えられている。彼らの前腕(肘から手首までの部分)と下腿(すねの部分)は短かったが,これは,現代人の中でもシベリアの北方民族などに認められるもので,同じグループの動物で寒冷地に住む集団ほど四肢の遠位端(人間の前腕と下腿に相当する部分)が短くなるという,アレンの法則と合致するものだ。寒い地域では,四肢を短くしたほうが身体の体積あたりの表面積が減り,体熱を失いにくい利点があるのである。一方のクロマニョン人は,前腕と下腿が長く,体熱を放散するのに適した身体つきをしていた。これは,彼らが熱帯地方からやってきた集団であったことを物語っている。

海部陽介 (2005). 人類がたどってきた道:“文化の多様化”の起源を探る 日本放送出版協会 pp.109-110

世界地理を知らずに

 祖先たちは世界地理を知らなかったことも,指摘しておきたい。現在の私たちは,地球上の陸地の位置や形を知っていることを,当たり前と思っている。しかし,そもそも世界地図のようなものが作られはじめてから,まだ数百年しかたっていないのだ。私たちだって,もし地図を見たことがなければ,自分が地球上のどの位置にいるのかを意識することはできない。同じように祖先たちがアフリカの外へ広がり,はじめてユーラシアの土を踏んだとき,彼らがそれを歴史的な出来事と思ったはずがない。1万2000年ほど前に南アメリカ大陸の南端へたどりついた集団が,自分たちがアフリカにはじまるホモ・サピエンスの壮大な拡散史の終着点の1つ今達したのだとわかっていたら,彼らはたいへんな興奮を味わうことができたろうが,残念ながら彼らはそれを知らなかった。祖先たちは,行く先に何があるのかはあまり知らずに,何しろ行けるところまで行ったのだ。そしてある時点で,幾世代も前の彼らの祖先たちがもっていた,古い土地の記憶を失っていったことだろう。地球上のすべての陸地がホモ・サピエンスで埋め尽くされていく歴史は壮大なものだが,以上のような意味において,これは現代のいわゆる冒険物語とは少し違うのである。

海部陽介 (2005). 人類がたどってきた道:“文化の多様化”の起源を探る 日本放送出版協会 pp.101

文化的変化

 ホモ・サピエンスの起源をめぐる一連の動きは,私たち現代人の成立を考えるにあたって極めて重要な1つの考え方を生んだ。アフリカ起源説が受け入れられるにつれ,人類学者たちは,アフリカの共通祖先以後現在に至るまでの私たちの技術的・社会的発展は,知力の進化によるものではなく,文化的な変化であったと認識するようになってきたのだ。アフリカのMSAにおける進化の様式をめぐって激しく論争している研究者たちも,この点においては一致している。
 この考えは,2つの点において新しい。最初のポイントは,すべての現代人集団が共有する基本的能力というものの由来が,説明しやすくなった点にある。世界中の現代人集団は,培ってきた文化こそ違うが,みな「世代を超えて知識を蓄積し,置かれた環境に応じて,それまでの文化を創造的に発展させていく能力」をもっている。もし多地域進化説が正しく,各地域集団が基本的に各地の旧人から進化したものだとすると,こうした共通性の由来が説明しにくいものになってしまう。しかし私たちが比較的最近に1つの集団から分かれたのであれば,共通点をその祖先集団に求めればよい。
 もう1つのポイントは,こうした基本的能力が進化したおおよその時期を絞り込めるうようになったという点だ。ホモ・サピエンスの知力が,過去数万年間に世代を追って少しずつ向上してきたという考えは,今でも一般の人々の間で広く信じられている。3万年前の祖先が舟を使って50キロメートルの海を往復していたとわかれば,ホモ・サピエンスはその時点でそれだけの知力を進化させていたのだ,と受け取られるわけだ。これには,逆に言えば,彼らに現代の造船技術を教えても全部理解するのは無理だという含みがある。しかしアフリカ起源説が示唆するのは,私たちの基本的な能力は,はるか昔の5万年以上前のアフリカの共通祖先の時点で確立していたという可能性なのである。

海部陽介 (2005). 人類がたどってきた道―“文化の多様化”の起源を探る 日本放送出版協会 pp.92-93

現代人リスト

 現代人的行動のリストに取り上げる最重要の条件は,2つある。1つはホモ・サピエンス以前の旧人には認められないこと,そしてもう1つは各地の現代人集団に共有されていることである。例えば,言語,信仰,音楽,美術を創造する能力などは,世界各地のどの現代人集団にも共通して見られるので,アフリカの共通祖先の時点で,すでに存在していたと考えるのが合理的だ。これらが旧人になく,アフリカの初期ホモ・サピエンスに存在すれば,リストの項目として申し分ない。
 現代人的行動のリストの最初のものは,ヨーロッパのクロマニョン人の活動をネアンデルタール人のものと対比する目的で作られた。そいてこれをベースに,様々な修正が加えられ,これまでにいくとおりかのリストが提案されている。ここではその中で,前出のマクブレアティとブルックスの考えを要約して紹介することにする。彼女らは,まず現代人的能力には以下のような要素があると仮定した。

 抽象的思考
 優れた計画能力
 行動上,経済活動上,技術上の発明能力
 シンボルを用いる行動

海部陽介 (2005). 人類がたどってきた道:“文化の多様化”の起源を探る 日本放送出版協会 pp.85-86

シンボルを扱う

 個人の記憶や概念をシンボルに置き換え,個人の脳の外に出すことにより,これを保存し,仲間で共有し,次世代に伝えていくことができる。シンボルを用いて知識を伝達すれば,現場での直接体験がなくても,多くのことを学べるようになる。よく考えてみれば,私達が用いている言語も,シンボルを用いる能力の上に成り立っている。もちろん,今あなたが目で追っている文字もそうである。私達の社会が文字を必要とするひど複雑化したのは,かなり後の時代のことであるが,私たちが話しているような複雑な言語は,シンボルの操作能力の進化とともに現れたというのが,最近の研究者たちの一般的な見方だ。そしてこの能力さえあれば,文字の利用はいつでも可能であったと考えられる——現代においても文字を使えない人々がいるが,それは教育の問題であることは,私たちの誰もが知っている——。つまり文字の発明自体は,知的能力の進化によるものではない。おそらくシンボルの操作能力の進化こそが,重要であったのである。
 こう整理すると何となくわかってくると思うのだが,シンボルを自由に操る能力に基づいた知識伝達の力は,はかりしれない。現在に至る私たちの文化の爆発的な発展は,間違いなくこの能力に基づく高度な情報伝達によって下支えされた。

海部陽介 (2005). 人類がたどってきた道:“文化の多様化”の起源を探る 日本放送出版協会 pp.67

分かること,分からないこと

 遺伝人類学が現代人のDNAを分析して解明することができるのは,基本的に,各地の現代人集団の類縁関係や,祖先集団の大まかなサイズなどである。DNAデータの新たな解析法が考案され,最近ではホモ・サピエンスが旧人と混血した可能性などにも言及されるようになってはいるが,遺伝人類学から過去の人類の姿形や,行動の詳細を知ることはできない。一方,何万年か何十万年前の人類化石が発見され,年代学者によってその年代が調べられ,形態学者によってその形態の比較分析が行われることによって,どのような姿形をした人類が,どの地域にどの時代にいたかがわかる。化石を調べることによって,過去の人類集団の系統関係を推定することもできるし,骨格形態の変化として検出されるものであれば,病気や生活習慣などについてもある程度のことはわかる。しかし,先史時代の祖先が,どのような道具を用いて何を行ない,どのような食物をどのように集め,どのような暮らしを送っていたかを知りたいのなら,考古学の研究の進展を待たねばならない。

海部陽介 (2005). 人類がたどってきた道:“文化の多様化”の起源を探る 日本放送出版協会 pp.55-56

極北集団と熱帯集団

 さて,ネアンデルタール人の四肢が短く,現代の極北集団のようであることに最初に気づいたのは,アメリカの人類学者カールトン・クーンであったが,皮肉にも彼は,ネアンデルタール人がクロマニョン人に進化したという説の主唱者であった。当時はその事実のもつもう1つの意味は気づかれないままであったが,後にクロマニョン人の四肢は長く,ネアンデルタール人より熱帯に適応したタイプであることがわかったのである。今よりも気温が低い氷期のヨーロッパにあらわれたクロマニョン人が,ネアンデルタール人より熱帯に適応した身体つきをしている事実は,連続進化説ではどうにも説明がつかない。

海部陽介 (2005). 人類がたどってきた道:“文化の多様化”の起源を探る 日本放送出版協会 pp.44

アフリカ起源説

 ホモ・サピエンスのアフリカ起源説は,過去十数年にわたる論争を経て,今ではまず間違いなく正しいと認識されるようになっている。詳細については研究者によって多少考えが違うところもあるが,そのおおよそのシナリオは,以下のようなものである。
 アフリカ起源説は,世界中のすべての現代人の起源は,20万〜5万年ほど前のアフリカにあるとする。厳密に広いアフリカの中のどこで誕生したのかはまだ明らかではない。しかしいずれにせよ,私達の共通祖先が約20万年前にアフリカの旧人から進化し,その後しばらくしてから世界中へ広がった結果,各地の現代人集団が成立したのだ。
 ホモ・サピエンスがアフリカからユーラシアへ進出したとき,この大陸の中〜低緯度地域には,旧人の集団(一部地域では原人の集団)がいた。ヨーロッパにはネアンデルタール人がおり,東アジアには,中国のマパ,ターリー,ジンニュウシャンなどの化石に代表される,別の旧人集団がいた。そしておそらくインドネシア地域には,旧人と呼べる段階までは進化していなかったジャワ原人の最後のグループがいたと考えられている。ホモ・サピエンスの到来とともに,これらの原始的な人類はいなくなる。何が直接の原因で,実際にどのような過程を経て彼らが消えていったのかは,まだ十分にわかっていない。ともあれネアンデルタール人にせよ北京原人やジャワ原人の子孫にせよ,ユーラシアにいた古いタイプの人類は最終的に絶滅し,私たちの直接の祖先とはならなかったのである。

海部陽介 (2005). 人類がたどってきた道:“文化の多様化”の起源を探る 日本放送出版協会 pp.40-41

ネアンデルタール人のこと

 やや単純化すると,次のように状況を説明できるかもしれない。1つの証拠というものは,いくとおりかに解釈しうることがある。そのとき,そのあいまいな証拠から考察を膨らませて何らかの結論を導くということが,しばらく前までよく行われていた。例えば20世紀初頭に活躍したフランスのマルセラン・ブールが,ネアンデルタール人のことを「野蛮」で「獣のような」と形容したのは,彼が研究したネアンデルタール人の骨格形態が,,彼が美しく高尚と信じるホモ・サピエンスとずいぶn違っていたことに起因したようだ。骨格形態だけから野蛮であると,はたしてどこまで言えるのだろうか。現代の研究者たちは,たとえネアンデルタール人の脳の形——頭骨の内面の形状からおおよそわかる——が我々と違っていても,それが知能の違いを意味するかどうかはわからないという慎重な立場をとる。少々欲求不満を誘うような話ではあるが,私たちが事実を知ることにこだわりたいとするのなら,これがあるべき姿勢である。そして「科学」とは,そのような厳密に事実を追究する姿勢のことを指すのだと理解してよい。

海部陽介 (2005). 人類がたどってきた道:“文化の多様化”の起源を探る 日本放送出版協会 pp.36-37

狭義のホモ・サピエンス

 現在一般化しつつある定義は,「狭義のホモ・サピエンス」と呼ばれるものである。この立場では,現代人および現代人とほぼ同様の骨格形態を示す過去の人類を,ホモ・サピエンス種とする。これは,人類を猿人,原人,旧人,新人の4段階に分けたときの新人に相当する。日本の縄文人はもちろん,ヨーロッパのクロマニョン人などの人骨は,事実上,現代人と区別できないので,彼らはホモ・サピエンスの仲間ということになる。他方,ネアンデルタール人には,現代人には見られない独特の特徴がいくつもあるので,この定義ではホモ・サピエンスとは別の種(ホモ・ネアンデルターレンシス)ということになる。

海部陽介 (2005). 人類がたどってきた道:“文化の多様化”の起源を探る 日本放送出版協会 pp.25

人種

 「人種」という紛らわしい言葉があるため,現代人は3〜5程度の種に分類されると,しばしば誤解されている。しかし見かけこそ違え,世界中の現代人は遺伝子の類似性が極めて高く,生物学的にただ1つの種,ホモ・サピエンスに属している。「人種」というのは,ホモ・サピエンス種の中にいくつかの地域集団を指す言葉で,生物学的な種を意味するものではない。アジア人もアフリカ人もヨーロッパ人も,みなホモ・サピエンスで,現在地球上にいる人類の中に,ホモ・サピエンス以外の種はいない。
 しかし過去には,当然,ホモ・サピエンスとは異なる種の人類が存在した。ホモ・エレクトスやアウストラロピテクス・アファレンシスといった学名のついた連中が,それである。人類の化石が発見されると,人類学者はそれについて様々に検討し,どの種に分類するかを判断する。その際,それぞれの種をどう定義するかが問題になるが,ホモ・サピエンスという種の定義にもいくつかの異なる考えがある。

海部陽介 (2005). 人類がたどってきた道:“文化の多様化”の起源を探る 日本放送出版協会 pp.24-25

異常事態

 現在,陸地であれば世界中のほとんどどこへ出かけても,私たちの仲間に会うことができる。人種という紛らわしい言葉があるためにしばしば誤解されているが,世界のすべての現代人は,ホモ・サピエンスという1つの生物学的種に属している。一種の生物がかくも広く分布しているのは,4000種いる哺乳動物の中でも極めて異様なことである。もちろん生物界全体の中でも異様だ。

海部陽介 (2005). 人類がたどってきた道:“文化の多様化”の起源を探る 日本放送出版協会 pp.15

イヌどうしの接触

 日本の飼い主を見ていて残念に思うのは,イヌどうしの接触をすぐにセーブしようとすることです。イヌがせっかくあいさつしようとしているのに,おたがいを引き離してしまうのです。イヌのシグナルを見逃しているのです。ただ,これはすでに述べたように,日本には真っ当で「ない」イヌが多いということに,もちろん深くかかわっています。
 しかし私が見ていて,「このイヌたちなら大丈夫なのに,どうして?」という場面も目立つのです。自身を持っていないのは,イヌよりもむしろ飼い主のほうなのです。臆病なイヌの問題より,臆病な飼い主の問題のほうが深刻かもしれない——と考えさせられることもあります。

堀 明 (2011). 犬は「しつけ」でバカになる:動物行動学・認知科学から考える 光文社 pp.197-198

鎖につなぐこと

 日本の一般の家庭では,イヌをつなぐということに無頓着すぎるのではないか,と思います。2mにも満たないような鎖に長時間つながれているイヌを目にすることがありますが,このようなことは改めるべきです。
 ドイツでは,イヌの住環境についての適切な配慮が法律で定められています。イヌをつなぐことをあまり是としないドイツですが,犬保護法とでも言うべき『Tierschutz-Hundeverordnung』には,「鎖の付け根は固定せずに,最低でも6m以上のレールに取り付けて,すべりを良くすること」「鎖の長さは横方向に最低でも5m動けるようにすること」「イヌが自由に小屋に出入りでき,横たわったり方向を変えたりすることができること」と明記されています。日本とドイツでは住環境がちがいますが,一つの目安として参考にするといいでしょう。

堀 明 (2011). 犬は「しつけ」でバカになる:動物行動学・認知科学から考える 光文社 pp.196-197

イヌの脳機能

 2010年,オーストラリアの科学者たちは,MRI(磁気共鳴映像法)を用いて,イヌの脳を分析しました。すると,新しい発見があったといいます。グレーハウンド,イングリッシュ・スプリンガー・スパニエル,オーストラリアン・キャトル・ドッグ,秋田犬,ジャック・ラッセル・テリア,シー・ズーなど10犬種の脳を解析したところ,パグのような丸い形の頭の場合,通常より脳が前方にあり,嗅覚の情報処理に関わる部分がきわめて低い位置に下がっていることがわかったというのです。
 この発見は,イヌが嗅覚で感じとる世界が頭の形によって大きく異なるかもしれない,ということを示唆しています。検査にあたったニューサウスウェールズ大学の研究者によれば,イヌの頭の形に伴うこうした組織的変化は,脳機能の点でもちがってくる可能性があるということです。この点については,今後の解明が必要だと思います。

堀 明 (2011). 犬は「しつけ」でバカになる:動物行動学・認知科学から考える 光文社 pp.86

見た目と能力

 ウィーン大学の動物遺伝学研究所は,62頭のジャーマン・ロングヘアード・ポインターの体質調査を行ないました。すると,「外見的美しさ」と「性能」は負の相関関係にあることがわかったということです。
 ドッグショーで優秀な成績を修めるようなポインターは,現場で働く能力が低い傾向があると報告されています。たとえば,気まぐれな行動をとる,狩猟意欲がない,銃声におびえるなどです。同研究所は,ブリーディング・スタンダード(犬種標準)にこだわりすぎるあまり,近親交配を繰り返すブリーディングのあり方を見直すべきだと主張しました。

堀 明 (2011). 犬は「しつけ」でバカになる:動物行動学・認知科学から考える 光文社 pp.85

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