I'm Standing on the Shoulders of Giants.

読んだ本から個人的に惹かれた部分を抜き出します。心理学およびその周辺領域を中心としています。 このBlogの主な目的は,自分の勉強と,出典情報付きの情報をネット上に残すことにあります。書誌情報が示されていますので,気になった一節が見つかったら,ぜひ出典元となった書籍をお読みください。

   
カテゴリー「臨床心理学」の記事一覧

虐待は決定的か

では,虐待された子ども(ある概算によると,子どもの5人に1人は虐待されているそうだ)は皆,問題を抱えた大人になるのだろうか。サイコセラピストは一般にそう考えているようだ。しかし,1997年にフィラデルフィアでリンド博士とトロモヴィッチ博士が行ったアメリカの59大学の調査結果のメタ分析と,人口に基づく7つの研究は,その見方に断固として異を唱える。
 博士らは,虐待は避けがたいダメージをもたらすという見方が広く浸透しているが,それは特異な事例に基づくものだ,と結論づけた。そして,一般市民と大学生を調べた結果から,子どもへの性的虐待は必ずしも害を及ぼすわけではなく,それを経験した女性の33パーセントと男性の60パーセントは,「自分は虐待の影響を受けなかった」と述べていることを報告した。奇妙なことに,大学生のごく一部は,そのような接触(おそらく家族による愛撫など)を「好ましい経験だった」と報告しており,精神的ダメージの程度は,子どもがその接触を「合意の上」と見なしているかどうかにかかっていることを裏づけた。

ティム・スペクター 野中香方子(訳) (2014). 双子の遺伝子:「エピジェネティクス」が2人の運命を分ける ダイヤモンド社 pp.160-161

失業・精神衛生・自殺

スウェーデンとフィンランドの実績からわかるように,失業が精神衛生上のリスクを伴うものだとしても,それが自殺という結果を生むかどうかは国の政策次第である。また,うつ病患者や自殺者・自殺未遂者の増加といった問題を医療で解決できるとできるのも誤りである。もちろん抗うつ薬のおかげで,失業という現実に立ち向かう元気を取り戻す人も少しはいるだろう。しかし,うつ病の根本原因が失業である場合,そこをどうにかしなければ患者は戻らない。スウェーデンはそれを理解していたからこそ,ALMPに積極的な投資を行ってきた。

デヴィッド・スタックラー,サンジェイ・バス 橘 明美・臼井美子(訳) (2014). 経済政策で人は死ぬか?:公衆衛生学から見た不況対策 草思社 pp.209-210

不況と精神疾患

そこでわたしたちは,具体的にどういう人々がうつ病の症状で受診したかを調べることにした。取り上げたのは,スペインで不況前と不況期に精神疾患により受診した患者のデータで(不況前の2006年の受診者7940名と,不況期の2010年の受診者5876人),スペイン各地の診療所・病院から集められたものである。今回の大不況で,スペインは世界でも最悪の失業率上昇に苦しめられたが,その間もうつ病に関する調査が一貫して続けられていたので,不況前との比較に大いに役立った。そのデータで2006年と2010年を比べると,大うつ病性障害の症状で受診した患者は受診者の29パーセントから48パーセントに増えていた。また,少うつ病性障害の患者は6パーセントから9パーセントに,パニック発作の患者は10パーセントから16パーセントに,さらにアルコール依存の患者も1パーセントから6パーセントに増えていた。そして,データを多変量解析モデルを用いて分析したと小ろ,これらの精神疾患の増加と最も関係が深い説明変数の1つが失業率であることが明らかになった。また,以前からうつ病だったかどうかや,メンタルヘルスケアを受けやすい環境にあったかどうかなど,他のさまざまな要因を調整しても,この結果は変わらなかった。

デヴィッド・スタックラー,サンジェイ・バス 橘 明美・臼井美子(訳) (2014). 経済政策で人は死ぬか?:公衆衛生学から見た不況対策 草思社 pp.197-198

診断の一致率

1972年にクーパー(Cooper, J.E.)らが行ったUS/UK研究は精神医学界に衝撃を与えた。すでによく知られた研究であるが,精神病症状を持つ人の症状記載を米国と英国の精神科医が読んで診断し,その一致率を見たものである。その結果分かったことは,両国で診断の幅が違い,米国の精神科医の方が統合失調症を広く診断していることが明らかになった。つまり,統合失調症の概念が国によって大きく違うことがわかったのである。こうした事実は精神医学の信頼性を著しく低め,他の医学領域からの批判を招いた。

大野 裕 (2014). 精神医療・診断の手引き:DSM-IIIはなぜ作られ,DSM-5はなぜ批判されたか 金剛出版 pp.28-29

アクティブ・プラセボ

アクティブ・プラセボというのは,実薬と同じような副作用が現れるプラセボであり,それを服用した人は副作用の感じから実薬と錯覚しやすい。モンクリーフの研究によれば,アクティブ・プラセボと実薬とで効果にあまり差がないのである。こうしたプラセボ効果に関する研究は,薬物療法の効果を高めるためにもプラセボ効果を高める接し方が重要であり,その際に精神療法などの心理社会的アプローチの果たす役割が大きいことを示している。つまり,心理社会的アプローチのスキルを身につける研修こそが,薬物療法を効果的に行うためにも,多剤併用を防ぐためにも重要なのである。

大野 裕 (2014). 精神医療・診断の手引き:DSM-IIIはなぜ作られ,DSM-5はなぜ批判されたか 金剛出版 pp.20-21

危険の存在

不眠や鬱を誘発するストレスは,人生のなかにいくらでもある。どんな人にも,基本的にはぼくと同じような「思いがけない」外側からの攻撃によって,精神のバランスをめちゃくちゃにされてしまう危険が存在する。

椎名誠 (2014). ぼくは眠れない 新潮社 pp.73

等身大バービー人形

2011年,《ハフィントンポスト》紙にハミルトン・カレッジの学生ガリア・スレイェンの小さな記事が載った。ガリアは全米摂食障害周知週間に寄せて,高校時代におこなったプロジェクトに関する記事を書いたのだった。その記事は各メディアから注目を浴び,ガリアはほぼ毎朝,テレビのニュース番組で取り上げられることになった。
 なぜそこまで注目されたのか?ガリアが作った等身大のバービー人形のせいだ。それはバービー人形を実物の人間のサイズに直したもので,身長175センチ,バスト99センチ,ウエスト46センチ,ヒップ84センチ。靴のサイズは21.5センチで,体重は50キロ。WHRはなんと0.55。そのスタイルではバービーは立っていることもままならない。すぐに転んで,赤ん坊のように這い這いで移動するしかない。現実的なプロポーションの人形で遊ぶより,バービー人形で遊ぶとそれだけで,少女は自分の体に対して不満を抱くようになるという実験結果には大いにうなずける。

マシュー・ハーテンステイン 森嶋マリ(訳) (2014). 卒アル写真で将来はわかる:予知の心理学 文藝春秋 pp.86-87

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ライヒ

『ファシズムの大衆心理』はナチスからもフロイトからも嫌われた点で格別な本であった。アンナ・フロイトは大方の人々よりもライヒとうまくやっていたが,それは「彼を怒らせたりせずに,うまく扱おうとしていたからです。それで少しはうまくいきましたが,彼が正気の人だったらなおうまくいったことでしょう。でも彼はそうではありませんでした」と言っている。
 しかしライヒの犯している危険から判断すると,彼は狂気というにはほど遠かった。そうした問題について以前には書かなかったのは,「単に結果が怖かったのです。何度も自分の考えを紙に書きとめることを躊躇してきました」と言っている。いったんナチスが勢力を握れば,「現在の状況からみて,とてつもなく危険な可能性を秘めている」ので,彼はこの本が出版される前にドイツを去った。今日ではこの本を古典として見るものもいる。

デヴィッド・コーエン 高砂美樹(訳) (2014). フロイトの脱出 みすず書房 pp.140

ダジャレ好き

フロイトは冗談やだじゃれが好きだった。冗談について書いた本を72歳になってから改定しているほどである。彼の関心はただ表層的なものではなかった。夢がそうであるように,冗談も危険な禁忌の材料を意識の中に噴出させることを可能にしており,ユーモアは道を爆破して切り開くブローランプのようなものであった。あらゆるフロイトの肖像や写真が彼を厳格な賢人として,目に面白がった輝きや笑いなど伴わないような人物として描いていたが,そのような写真が1枚も記録されずに後世に残るのは残念なことである。

デヴィッド・コーエン 高砂美樹(訳) (2014). フロイトの脱出 みすず書房 pp.106

フロイトの揶揄

その少しあとにジェイムズ・サーバーとE.B.ホワイトが『セックスの代用としての6日間自転車旅行』という素晴らしい風刺文を発表したが,このタイトルが言わんとしているのは,ペダルをこぐことは自慰よりもはるかにましだということだ。サーバーはその後20年以上もの間,フロイトを揶揄し続けた。馬鹿げた治療的助言に満ちた本をかつぐような書評を書いたりしていたが,特に嘲りの標的としていたのが『神経症を喜べ』『成功する悩み方』『人生での成長』といった本であった。何百万というアメリカ人が心理的に抑制をかけられていて,幸福の科学を理解できないでいた。サーバーは分析の専門用語を知っていたので,多くの奥さんにとって,旦那さんの潜在的内容は十分明白である——とくに朝食の時には,などとジョークをとばしていた。彼はルイス・E・ビッシュという分析家のことをからかっていた。車に轢かれた「C氏」のような人々は無意識の動機を持っていて,性的飢餓が「C氏」を車の前に飛び出させてしまったのだとビッシュは示唆したのだが,そのことをサーバーは「疑いもなく性的重要性がある」といって揶揄したのである。『ザ・ニューヨーカー』誌に掲載された彼の風刺文は,1920年代や1930年代において精神分析がいかに影響力を持っていたかということを物語っている。
 サーバーがフロイトの喫煙癖を知っていたならどんな文章を書いただろうかというのは,想像すると楽しいものである。

デヴィッド・コーエン 高砂美樹(訳) (2014). フロイトの脱出 みすず書房 pp.92

袂を分かつ

ジョーンズがいう見事に成熟した状態からはかけ離れているが,ユングによるとフロイトは自分の権威に対するいかなる挑戦に対しても神経症的に反応した。それ以降,2人の医師は戦争状態となった。フロイトはユングの不適切な行いについての謝罪を期待していたが,ユングにすれば謝罪するような理由は何もなかった。セックスの重要性に関する見解の相違が緊張をさらに高めた。ユングにはフロイトが神経症の原因としてセックスを強調しすぎると思われ,フロイトにとってみればユングはセックスの重要性を認めることができない抑圧的なスイス人プロテスタントである。というのも,キリスト教の伝統が身体を悪いものとみなしてしまったからである。結婚におけるセックスはユダヤ人にとってみれば神からの贈り物であるが,しかしキリスト教の聖者のなかには,何年もの間,柱の上で過ごした聖シメオンの例のように,女性との接触を極端に避けようとするものもいた。フロイトとユングの間の書簡はしだいに形式ばった辛辣なものになっていった。
 1914年5月にユングは国際精神分析協会の会長を辞任した。2人は二度と話をすることなく,手紙を交わすこともなかった。この亀裂は20年後にナチスが勢力を握ったとき,重大な帰結をもたらすこととなった。

デヴィッド・コーエン 高砂美樹(訳) (2014). フロイトの脱出 みすず書房 pp.70-71

後継ぎの息子

1906年,ユングは自分の研究論文をフロイトに送ったが,お返しにフロイトは彼の最近の小論を収めた本をユングに送ってきた。こうしたやりとりはその後の密な文通および協力の始まりを記していた。ユングとフロイトは多くの点で意見を同じくしていた。どちらも意識的な心の下には別の領域があると思っており,この精神の部分を2人とも無意識と呼んでいた。
 1907年までにフロイトはユングが自分の後継者となることを決めており,彼のことを自分の「後継ぎの息子」とまで呼んでいた。フロイトはユングが約束の地——モーセが許されなかった特権であるが——へ入ろうとしたヨシュアであると語った。この両者の精神分析家はともに自分たちを預言者であると見なしていたが,どちらも低い自尊感情に苛まれていたというわけではなかった。結局のところ,彼らの関係は運命づけられていたのであり,ただ一方の自我だけが生き残ることができたのである。

デヴィッド・コーエン 高砂美樹(訳) (2014). フロイトの脱出 みすず書房 pp.68-69

ユダヤ人批判

フロイトはユダヤ人が誇り高いことも非難した。『創世記』および『出エジプト記』では神と選ばれた民であるイスラエルの人々とのあいだの契約が常に強調されている。つまり,ユダヤ人は無意識の去勢恐怖を引き起こすだけでなく,父なる神と特権的な関係をもっていると主張するずうずうしさも持ち合わせていることになるが,この時点ではフロイトはそのことについてあまり語っていない。
 「私はあえて言明するが,おのれを父なる神の長子にして優先的に寵愛を受ける子であると自称する民族に対する嫉妬が,こんにちなお他の民族のあいだでは克服されていない。それゆえ,まるで他の民族はユダヤ人の自負の正しさを信じてしまっているかのようなのだ」——フロイトはナチスが勢力を持つ以前からこのことを考えてきたが,何年ものあいだこうした考えを表明しようとはしなかった。

デヴィッド・コーエン 高砂美樹(訳) (2014). フロイトの脱出 みすず書房 pp.60-61

探偵小説好きなフロイト

フロイトはアガサ・クリスティーなど探偵小説が好きだった。彼女のミステリの中には考古学の発掘をめぐって事件が起こるものがあるが,フロイトもまた考古学に魅了されていた。フロイトとクリスティーはどちらも発掘者であった。小説においても病歴においても,過去は掘り起こして明らかにされなければならない。そうすることでのみ私たちは真実を知ることができ,安らかでいられる。フロイトは彼が明らかにしなかったことが私たちみんなのなかに「探偵的本能」を刺激していることについて驚かなかったことだろう。書類が秘密のままにされてきたのであれば,立派なものだろうと恥ずべきものだろうと陰謀や失敗だろうと,また両価性の産物だろうと,そこには理由があるのだろう。

デヴィッド・コーエン 高砂美樹(訳) (2014). フロイトの脱出 みすず書房 pp.22

永久に封印される書簡

米国議会図書館には,フロイトとその家族や友人や患者との間の書簡,ならびに臨床記録や他の論文に関する文書が153箱あるが,このうちすべてが読めるわけではない。うち20箱は2020年,2050年,2057年のいずれかまでは開封できず,8箱は「永久に」封印される。
 フロイトが自分の患者の秘密を,たとえ彼らの死後50年たっても守ろうとするのは自然なことである。しかしながら,実際の制限はこれをはるかに超えており,封印された文書すべてが秘密の医学的事項を扱ったものであるかどうかも明らかではない。対照的に,人間性心理療法の創始者であるカール・ロジャーズは自身の文書をすべて議会図書館に制限なしで譲っている。

デヴィッド・コーエン 高砂美樹(訳) (2014). フロイトの脱出 みすず書房 pp.11

他者操作の病

相手を虐げ,人間関係を操作することで発生する病気がある。この病気をひとたび患うと,関係解消をいくら試みようとも,被害者はその立場から逃げ出せなくなる。この病気を私はスロットマシン症候群と呼んでいる。スロットマシンで遊んだことがある人ならご存じのとおり,負けがこんでくるほどマシンのレバーから手を離すことが難しくなる。
 なぜ,人がこの病にとらわれてしまうかにはおもに4つの理由がある。
 まず,第1に大当たりの誘惑だ。誰もが飛びついてしまうチャンスとは,比較的少額の初期投資でありながら,きわめて効果なものを数多く手にできるかもしれないという期待だ。
 第2に,投じた努力に見合う結果を得られるかどうかは,自分がそれに示した“反応”の程度にかかっている(行動主義の専門家が比率強化スケジュールと呼ぶもの)。スロットマシンでチャンスをものにするのであれば,どんどん“反応”(つまり金をつぎ込む)しなければならない。
 3番目に,時折,サクランボなどの小当たりの絵柄がそろい,なにがしかの“勝利”がころがり込んでくる。この小当たりで,それまでの投資は無駄ではなくなり,投資をつづけていればさらに大きな報酬が得られるかもしれない。
 4番目に,マシンにもてあそばれ,身ぐるみをはがされてその場を立ち去ろうとすれば,激しいジレンマに直面しなくてはならない。そのままマシンをあとにすれば大金がおき去りにされる。立ち去ることは“虐待者”に背を向けるだけでなく,多額な身銭を見捨てることも意味する。つぎ込んだお金とエネルギーに見合った成果どころか,くじけた心でその場を引き下がるのは容易なことではない。おそらくこんな言い訳で自分をごまかそうとするだろう。
 「あともう1度だけ……」

ジョージ・サイモン (2014). 他人を支配したがる人たち 草思社 pp.129-130

フロイトとボウルビー

当時,すべての精神分析家はひとりの男に師事していた。その名は,ジークムント・フロイト。ボウルビーが精神医学の勉強を始めたとき,フロイトは73歳で,ウィーンの裕福な地域に住んでいた。しかし,続く10年間で,ナチスは彼の家も財産も出版所も蔵書も没収した。妹たちは全員,収容所のガス室で殺害された。フロイト自身は,妻と子どもたちとともに1938年にイギリスへと亡命したが,再び帰ることなく,安全な土地に到着して1年のうちに癌で亡くなってしまった。しかし,不幸な晩年の数年間ですら,フロイトの影響力は強大だった。もちろん,死後60年以上が経った今でも,その影響力はまだ残っている。ボウルビーの時代には,さぞ強かったことだろう。まるでフロイトのぼんやりくすんだ姿がいまだにそこに佇み,誰かの間違いや彼の理論に対する疑念に眉をひそめ,難色を示しているかのようだった。娘のアンナ・フロイトも,彼の影響力を維持するのに一役買っていた。彼女は第二次世界大戦後のイギリスでもっとも有力な精神分析家のひとりとなっていたのである。だが,フロイトの考えはそもそも十分に強力だった。永遠に精神分析界に挑みつづけられるほど,強力で刺激的だった。フロイトの死後,何年もの間,彼の考案した概念——潜在意識や性的抑圧,空想世界の力など——がそっくりそのまま残っていた。彼のおぼろげな姿は徐々に薄れていったものの,完全に消え去ってはいなかった。

デボラ・ブラム 藤澤隆史・藤澤玲子(訳) (2014). 愛を科学で測った男 白楊社 pp.80

良い活動からやめる

もしあなたがスケジュールを整理しようと決心したのなら,もう1つ,考慮しなければならないことがある。オックスフォード大学の臨床心理学者で,マインドフルネスの心理的利点について研究しているマーク・ウィリアムズは,人がストレスを感じ,忙しい生活に押しつぶされそうになると,何よりも健康によい活動をやめてしまう傾向があると指摘している。その理由はすぐにわかる。家族や仕事に関することをやめるわけではいかないが,聖歌隊で歌うとか,運動をするとか,夜間の美術クラスに通うとかいったことはやめられる。こうした活動はどうしても必要なわけではないので,効率的な時間の使い方と見なすのは難しいかもしれない。しかし現実には,これらの活動はストレスを減らし,幸福度を高めることが実証されている。

クラウディア・ハモンド 度会圭子(訳) (2014). 脳の中の時間旅行:なぜ時間はワープするのか インターシフト pp.255-256

うつ病と時間のゆがみ

うつ病の人は,たとえ自殺を考えていなくても,時間のゆがみを経験している可能性がある。うつ病の症状が出ているときは過去と現在だけが存在し,未来(特に希望のある未来)を想像できなくなる。イギリスの精神医学者マシュー・ブルームは,このような症状を持つ患者を多く診てきた。そして実験によって,うつ病の患者はそうでない人に比べ,平均して2倍も長く時間を評価することがわかった。言い換えると,彼らにとって時間は半分のスピードで流れているということだ。私はそれを知って,うつ病は時間知覚の障害と考えられるケースもあるのではないかと思い始めた。あるいは時間の流れが遅くなるのは,うつ病の結果かもしれない。それで時間の流れが遅い状態が維持されやすくなり,そこから逃げ出すことがさらに難しくなる。マシュー・ブルームは,睡眠不足のときやライトボックスを使用したとき,体内時計が混乱して気分が高揚することを指摘している。うつ病をわずらったとき,現在と未来は“互いに苦しみで結びつく”。その影響がはっきりしているため,精神医学の哲学的研究者のマーティン・ワイリーは診断の助けとして,患者に診療時間がどのくらいだったか評価させることを提案している。私は単に1分間を頭の中で数えさせるだけでも診断がつくのではないかと思う。もし40秒が1分に感じるなら,その人の時間は引き伸ばされている。時間の流れがゆっくりであるほど,病状は深刻と考えられる。

クラウディア・ハモンド 度会圭子(訳) (2014). 脳の中の時間旅行:なぜ時間はワープするのか インターシフト pp.35-36

抑うつリアリズム

このしくみをあきらかにしたのが,1979年にローレン・アロイとリン・アブラムソンの2人の心理学者が発表した今や古典となった研究だ。実験は次のように行われた。被験者の頭上で白熱電球がランダムに点いたり消えたりしている。被験者は手元のボタンを押すことを許可されているが,じつはこのボタンを押しても電球が点くか消えるかには何の影響も生じない。ところが,被験者の中でどちらかと言えば楽観的な人々は,電球が点いたり消えたりするのを自分がある程度コントロールできていると確信していた。これはいわば,コントロールの幻想だ。いっぽう,どちらかというと悲観的な人々は,自分が状況をいっさいコントロールできていないことをより正確に見定めていた。これは<抑うつリアリズム>と呼ばれる現象だ。アロイとアブラムソンの言葉を借りるのなら,悲観的な人々は「より悲しいが,より賢い」のだ。

エレーヌ・フォックス 森内薫(訳) (2014). 脳科学は人格を変えられるか? 文藝春秋 pp.

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